📖 光を求めつつ – 第5話 後編

五.昭和三七年五月十日 転校生が来た 後編

 給食が済むと、生徒たちは待ちかねたように、仲宗根くんの机を囲み始めた。新しいクラスメイトへの興味が、彼らの小さな体を活発に動かしている。
 私は、職員室へ戻らず、しばらくその様子を見守ることにした。
「誕生日はいつ?」。
「好きな歌謡曲は?」。
「身長はどのくらい?」。
「兄弟はいるの?」。
「休みの日は何してるの?」。
 あちこちから次々と飛んでくる質問の嵐に、仲宗根くんは一瞬きょとんとした表情を浮かべたが、それでも落ち着いた様子で、一つひとつ丁寧に答えていく。その受け答えは素直で誠実で、どこか初々しさもあった。
 質問を投げかける生徒たちの目は好奇心に輝き、教室全体がどことなく浮き立った空気に包まれていた。
 その光景は、まるで学芸会の主役に選ばれた子どもが、みんなの視線を一身に浴びているかのようだった。仲宗根くんは少し照れたような笑みを浮かべながらも、ひとつひとつの質問に真剣に答えていた。
 教室には、笑い声と弾むような話し声が途切れることなく広がっていた。生徒たちは肩を軽くたたき合い、声を上ずらせながら楽しそうに盛り上がっている。その輪の中に、仲宗根くんもすっかり打ち解けていた。
 その様子を見つめるうちに、私の胸の内にもじんわりと安堵が広がり、自然と微笑みがこぼれていた。新しい環境に戸惑うことなく、笑顔で馴染んでいく仲宗根くんの姿が、何よりも頼もしく感じられたのだった。
「なあ、コージー、ちょっと立ってみ」。
 内間くんがそう促すと、仲宗根くんを立たせて背比べを始めた。
 生徒たちは二人の頭を交互に触って、「ヤッシーよりコージーのほうが少し高い」と盛り上がっている。
「髪が長いね!」。
「ちょっと曲がっている!」。
「髪の毛柔らかい!」。
「頭の後ろぺったんこだ!」。
「コージー、やせすぎじゃ無い?」。
 生徒たちは頭や肩に触れながら、思ったことを次々に口に出した。仲宗根くんは煩わしそうに頭を振り、触れてくる手を払いのけていた。
「尻上がり、できる?」。

「コージー、巨人の選手、一番から九番まで全部言える?」。
「ええ?そんなん、分からんけど。ウンチューは全部わかるわけ?」。
 仲宗根くんがにやりと笑いながら上地くんに聞くと、上地くんは胸を張って言った。
「一番センター柴田、二番ライト中谷、三番ファースト王、四番サード長島……」。
 声に勢いがこもり、まるで実況アナウンサーのような調子で、上地くんは続けた。
「五番レフト末次、六番ショート広岡、七番キャッチャー森、八番セカンド土井、九番ピッチャー金田!」。
 スラスラと迷いなく言い切ると、教室のあちこちから「おおーっ!」と感嘆の声が上がった。
「すげー、マジで覚えてんの?」。
「でもよ、九番は金田じゃなくて、城之内じゃね?」。
「いや、伊藤芳明がいいよ」。
「何言ってる、高橋明に決まってるだろう!」。
 野球好きの男の子たちは一気に盛り上がり、それぞれの「推しピッチャー」を主張し合って、教室がまるで後楽園球場のスタンドのような熱気に包まれた。
 そんな中、ひときわ落ち着いた声が響いた。
「ねえ、コージー、寄宿舎って何室?」。
 それは、ゆかりさんの声だった。騒がしさに押されながらも、どこか遠慮がちに、それでも気になることをしっかりと尋ねる。
 すると、誰よりも早く知念くんが応えた。
「コージーはワンと同じ、十七室さ」。
 話題は次から次へと飛び交い、男の子たちの野球談義から、寄宿舎の部屋割り、好きな歌謡曲やラジオ番組のことまで、にぎやかなおしゃべりは尽きることがなかった。
 その賑わいは、午後の授業が始まるまで続いた。
 澄子さんの授業開始を知らせる鐘が鳴ると、みんなはそれぞれの席に着いていった。
 私も、授業開始の鐘にびっくりし、急いで職員室に戻り、授業の準備をしてから、三年一組の教室へ小走りで戻って行った。

 教室に戻ると、生徒たちはすでに教科書を開き、それぞれ授業の準備を進めていた。その静かな空気に、私はほっと胸をなでおろし、教卓の前に立った。
 そして授業に入る前に、私は仲宗根くんに声をかけた。
「仲宗根くん、授業が終わったら、少しだけ点字の勉強をします。残ってくださいね」。
 その言葉に、仲宗根くんは少し緊張した面持ちで小さく頷いた。目の奥には、かすかな不安と、それを振り払おうとする真剣な光が揺れている。
「それと、上地くんも。仲宗根くんの点字の勉強を手伝ってもらいたいんだけど、今日、放課後少し残ってくれる?」。
「いいよ。僕、特にやることもないし。コージーの点字の勉強につきあうよ」。
「ありがとう、上地くん。ほんの少しの時間で終わるから、よろしくね」。
 放課後の教室に残った三人。
 私は、点字器の使い方や、基本的な操作方法をできるだけ丁寧に言葉を選びながら説明し始めた。
「仲宗根くん、これが点字器。点字を書くときに使う道具ね」。
「……ウンチューやショパンが使ってるの、見たことあるから、わかるよ」。
 仲宗根くんはそう言いながら、そっと机の上に置かれた点字器に手を伸ばした。指先が器具の縁に触れると、そのままじっと形を確かめるようになぞっていく。
 私はその様子を見守りながら、静かに微笑んだ。
 点字っていうのはね、目が見えにくい人や、まったく見えない人が読んだり書いたりするための特別な文字なのよ。目じゃなくて、指で触って読むの」。
「指で……読むの?」。
「ウンチュー、手で触って点字読める?」。
「当たり前だろう。誰でも読めるし」。
 上地くんが誇らしげに答えると、私はうなずきながら続けた。
「点字はね、六つの点の組み合わせでね、その組み合わせで『あ』とか『ね』とか、いろんな文字になるのよ」。
「じゃあ、どうやって書くの?」。
 仲宗根くんが首をかしげると、私は少し嬉しそうに目を細めて言った。
「上地くん、少し書いてみて」。
 上地くんは慣れた手つきで点字器に紙を挟み、「今日からコージーが点字の勉強を始めました」と書いて見せた。それから紙を外し、裏返して指でなぞりながら今書いたばかりの文字を読み始めた。
「コージー、触ってみ」。
 仲宗根くんはおそるおそる紙に触れた。指先で点をたどるが、眉をひそめて言った。
「全然何が書いてあるのかわからない……これが、文字なの……?」。
 その表情を見て、私は穏やかに笑みを浮かべ、道具をひとつずつ手に取りながら説明を続けた。
「それからね、点字で一番ふしぎなこと。書くときは右から左に書くのよ」。
「えっ?左からじゃないの?」。
「書くときは右から左、読むときは紙を裏返して左から右へ読むの。不思議でしょ」。
「……うん、なんか、おもしろそう」。
 仲宗根くんの口元に、小さな笑みが浮かんだ。その一瞬の表情に、私の胸の奥にほのかな温もりが広がった。
 その日は、五十音の「あ行」から教えることにした。最初はぎこちなく、「あ」を打ってはしばらく考え、「い」を打っては手を止めてしまう。けれど、その不器用な指先にも、学ぼうとする意志が宿っていた。
「仲宗根くん、明日までに『あ行』をしっかり覚えてきてね」。
 私はそう言って、「あいうえお」を五十回練習する宿題を出した。嫌がるかと思ったが、仲宗根くんの目はぱっと輝き、力強く言った。
「石川先生、僕、絶対に覚えます!明日、ちゃんと『あいうえお』書いてきますから!」。
 仲宗根くんの瞳が力強く輝いた。その勢いに笑みを浮かべながら、上地くんがすかさず言った。
「石川先生、心配しないで。僕がコージーをしごいて、一緒に特訓するからさ」。
 二人は点字器を大事そうに鞄にしまい、肩を並べて教室を出て行った。
 足取りは軽やかで、その背中には、新しいことに出会った喜びと、これから何かをつかみ取ろうとする小さな決意が、静かににじんでいた。
 二人を見送り、職員室へ戻ると、校長先生が私を待っていたかのように「石川先生、ちょっと」と手招きしてきた。
「仲宗根くんについて、少しお話ししておきたいことがあります」。
「私も丁度、仲宗根くんのことについて校長先生に伺いたいと思っていました」その旨を伝えると、校長先生は「石川先生、椅子を持ってきてこちらへ座ってください」と言った。
 どうやら、お話は少し長くなるらしい。
 私は自分の椅子を持って校長先生の近くに座った。
 校長先生は姿勢を正し、穏やかな口調で話し始めた。

「仲宗根くんは、小さい頃に音お産とお母さんが離婚して、それ以来、お父さんとおばあちゃんの三人で暮らしています」。
 少し間を置いて、先生は続けた。
「お父さんは嘉手納基地の中で消防士として働いておられます。いわゆる基地労働者のひとりです。基地内の防火管理や緊急対応など、重要な業務を担っておられるそうで、毎日とても忙しく、勤務も不規則で、なかなかお休みも取れないようです。ですから昨日は、おばあちゃんが代わりに付き添って、仲宗根くんを学校まで連れてきてくださったんですよ。」。
「石川先生にも声をかけようと思ったのですが、授業中だったこともあり、詳しいことは来週から始まる家庭訪問でいろいろ知ることができるだろうと思い、声をかけませんでした」。
「今はおばあちゃんが仲宗根くんの身の回りのことをしてあげてるようです」。
「そうだったんですね……」。
私は、思わずため息をつきながら頷いた。
「ええ。毎週土曜日にはおばあちゃんが迎えに来て、月曜日の朝に学校へ送ってくれるそうです。おばあちゃんはとても愛情深く、仲宗根くんの成長を支えていらっしゃいます」。
「そうですか、それは良かったです。お母さんがいないのは寂しいかもしれませんが、おばあちゃんがしっかり支えていらっしゃるのは本当に心強いです」。
「おばあちゃんと学校へ来たことに、家族に何か事情があるのではないかと心配していましたが、今しがた校長先生のお話を聞いて安心しました」。
 そして、私は微笑みながら、今日の仲宗根くんの様子を伝えた。
「仲宗根くんは今日が初めてなのに、とても落ち着いていて、友達ともすぐに打ち解けていました。寄宿舎でも知念くんと同じ部屋になっていて、二人ともすっかり息が合っているみたいです。今朝も楽しそうに笑い合いながら登校してきましたよ」。
「そうでしたか。それなら安心ですね。石川先生、仲宗根くんのこと、見守ってあげて下さいね」。
 校長先生の温かな言葉に、私は自然と深く頷いていた。

 翌朝、仲宗根くんは、どこか誇らしげな表情を浮かべながら、宿題の点字が打たれた紙を私の前に差し出した。
 紙の上には、小さな突起が整然と並び、あ行の文字がきちんと打ち込まれている。よく見ると二か所ほど間違いはあったが、それでも全体としては丁寧で美しい出来栄えだった。
「すごいわね、仲宗根くん。本当に一生懸命取り組んだのが伝わってくるわ」。
 そう声をかけると、仲宗根くんは少し照れたように笑みを浮かべた。だがそのすぐあと、ほんの少し残念そうな声でぽつりとつぶやいた。
「でも、目で見ないと書けないんだ。ウンチューみたいに、見ないでさっと書けるようになりたいけど、まだまだだよ」。
 そう呟くと、仲宗根くんは少し肩を落としながら俯いた。
 その様子に私は彼の気持ちを察し、そっと優しく語りかけた。
「大丈夫よ、仲宗根くん。練習していけば、きっと見なくても書けるようになるから。焦らずゆっくりやっていきましょうね」。
 そう言いながら、私は仲宗根くんの背中を優しく撫でて励ました。
「今日は、か行を五十回書く練習をしてみましょう」。
 私が提案すると、仲宗根くんは一瞬不安そうな表情を浮かべたが、すぐに頷いて点字器を手に取った。
 おそらく仲宗根くんは、上地くんのことを意識しているのだろう。上地くんは見えなくても点字を素早く書ける。その姿に憧れ、自分もそうなりたいと願っているのかもしれない。
 翌日、そしてその翌々日、仲宗根くんは「さ行」までをほとんど間違いなく、整然とした美しい点字で書けるようになっていた。その上達ぶりに、私は目を見張った。
「すごいね、仲宗根くん。本当に上手になったわね」。
 私が笑顔で褒めると、仲宗根くんは少し照れくさそうに笑みを浮かべ、驚くべきことを話し始めた。
「押し入れにこもって、真っ暗な中で点字を書いたり、指で読む練習をしているんだ」。
 その言葉に、私は思わず息を呑んだ。暗闇の中で点字を書くなんて、想像もしていなかった。
「仲宗根くん、無理はしないでね。目に負担がかかるかもしれないから」。
 しかし、仲宗根くんは気にする様子もなく、淡々と話を続けた。
「同じ部屋の中学生に教えてもらったんだ。暗いところで練習しないと、いつまでも目で見てしまうから、上手になれないって。それに、手で読む練習をするためにも、暗いところで点字を書いて、読む練習をしないといけないって」。
 その話を聞いて、私は校長先生に点字を覚えるよう言われた日のことを思い出した。
 しかし、暗闇で点字を書くという発想はなかった。なのに仲宗根くんは、自らそれを実践してみせたのだ。
 上級生の言葉を信じて、暗闇の中で練習するなんて……。私は、仲宗根くんの点字上達に向けた強い意志に、ただただ驚かされた。

 二週間という月日が静かに流れるうちに、仲宗根くんは五十音はもちろん、濁音や数字までもしっかりと覚え、まだゆっくりではあるものの、点字の教科書を右手の人差し指でたどって読めるようになっていた。その吸収の早さは、まるで乾いたタオルが水をぐんぐん吸い込むかのようで、目を見張るほどだった。
「すごいわね、仲宗根くん。本当に指で読めるようになったのね」。
 私が感嘆の声をあげると、仲宗根くんはちょっと照れたように笑いながら、静かに言った。
「でも、まだ左手では読めないんだ」。
 仲宗根くんは、少しだけ残念そうな表情を浮かべた。
「ショパンが言ってたんだけど、行の最初から真ん中までは左手で読んで、途中からは右手で読んで、その間に左手は次の行に移っているから、なめらかにすらすら読めるんだって」。
 その言葉に、私は思わず目を見開いた。点字の読み方に、そんな高度な技術があるとは、初めて知った。
「そんな風に読んでいるのか…」。
 私は、授業中みんながどのように点字の教科書を読んでいるのか、注意深く観察してみることにした。すると、確かに生徒たちは、左手で読み始め、途中から右手に切り替え、その間に左手を次の行へと移動させている。
 特に、ゆかりさんは指の動きがスムーズで、素早く、まるで流れるような指使いで、すらすらと点字を読んでいた。
 上地くんは、左手で本を読みながら右手では点字を書いている。
 その様子は、まるで熟練の職人が、繊細な手仕事をしているかのようだった。
 私は、生徒たちが指先で点字をたどる姿を見つめながら、改めてその技術の深さに心を打たれた。目で見ることができない世界の中で、生徒たちは、指先という小さな感覚器だけを頼りに、文字を読み、言葉を知り、世界を広げていく。
 それは、単なる読み書きの技術ではなかった。見えない暗闇のなかに光を見出そうとする、人間の底力そのものだった。
 私も、この子たちの世界をもっと知らなくては。
 点字のことを、もっと深く学びたい。彼らがどんな思いで文字に触れ、どんな風に知識を手にしているのか、その一つひとつを理解できる教師でありたい。
 私は、そう心に誓った。生徒たちの真剣なまなざしと、その指先に宿る意志を、静かに、けれどしっかりと見つめながら。

あとがき。          。

 本作には、沖縄に実在する盲学校や福祉施設、また、高橋福治氏をはじめとする実在の人物や出来事を一部取り上げています。
 特に高橋氏に関する描写は、当時の記録や証言をもとに、できる限り史実に即して描きました。
 一方で、物語に登場するその他の人物や会話は、筆者の創作および脚色によるものです。
 本作は、史実を忠実に再現することを目的としたものではなく、フィクションとして構成された小説であることをご理解いただければ幸いです。
 実在の人物や団体に対しては、深い敬意をもって描かせていただきました。

📖 光を求めつつ – 第5話 前編

五.昭和三七年五月十日 転校生が来た 前編

 それは四月の終わり頃のことだった。
  校長先生から突然、「石川先生にお伝えしたいことがあります。授業が終わってからで構いませんので、少しお時間をいただけますか」と言われた。
 全ての授業が終わり生徒たちを帰宅させてから校長先生の所へ行ってみると、校長先生はにこやかにほほえみながら、穏やかな声で話し始めた。
「石川先生、実は五月十日から、先生のクラスに転校生が来ることになりました」。
「転校生ですか?どんな生徒なのでしょうか」。
「以前の学校からの紹介によると、とてもまじめで礼儀正しい子ですが、少しおとなしすぎる傾向があるようです。新しい環境に慣れるまで時間がかかるかもしれませんが、クラス全体で支えていただければと思います」。
「そうですね。新しい環境は誰にとっても緊張するものですし、特におとなしい子なら、なおさらですね」。
「ええ。最初はなかなか自分から話しかけたり、輪に入ったりするのが難しいかもしれません。石川先生もできるだけ気を配ってあげてください」。
「これは、前の学校の担任からの手紙です」と言って、校長先生は一通の手紙を差し出した。
 白い封筒の裏には、整った文字で「普天間小学校三年二組 教諭 喜友名奈津子」と記されていた。
 私は一瞬ためらいながらも、「校長先生、読ませていただいてよろしいでしょうか?」と尋ねた。すると、校長先生は穏やかな笑みを浮かべながら、手のひらを上に向け、どうぞと促すような仕草をした。
 私は封筒を開け、中から一枚の便せんを取り出した。そこには縦書きで、丁寧に綴られた文字が並んでいた。まるで、時間の流れまでがその筆跡に込められているようだった。
「石川先生、何か分からないことがあればいつでも言って下さい」。
 手紙を元のように折りたたみ封筒に戻しながら、私は頷き、「承知しました。転校生が新しい環境に少しでも早く慣れるよう、私も全力で手伝わせていただきます」と答えると、校長先生はさらにほほえみを深めながら、「ありがとう。石川先生なら安心です」と言葉を添えてくれた。
「ところで校長先生、この仲宗根くんは、点字は読めるのでしょうか?」。
 私がそう尋ねると、校長先生はしばし考え込んだあと、ゆっくりと答えた。
「特にそのような話は聞いていませんが……おそらく、点字については、まったく分からないと思いますよ」。
「そうですか。となると、まずは点字を覚えるところから始める必要がありますね」。
 そう言いながら席へ戻ると、私は改めて手紙をゆっくりと読み返した。
 名前は仲宗根浩二。宜野湾市出身。普天間小学校三年二組。
 手紙には、仲宗根くんのこれまでの様子が丁寧に綴られていた。
 一年生、二年生の頃、仲宗根くんは他の子どもたちと変わらず、普通のクラスで元気に授業を受けていたという。だが、三年生になってから、少しずつ異変が現れ始めた。黒板の文字が見えづらくなり、最前列に席を移してもなお、見えにくさは変わらなかった。
 それでも諦めず、仲宗根くんは時折立ち上がり、黒板のすぐそばまで歩いていって、ようやく文字を帳面に写していた。
 教科書もまた見づらく、授業中に音読を頼むと、文字を一つ一つ追いながら、ゆっくりと読み上げていた。ときには言葉が詰まり、声が小さくなることもあったが、それでも彼は、一生懸命に読もうとしていた。
 そんな仲宗根くんに対して、心ないどころか、ひどく意地の悪い言葉を浴びせる子もいた。
 ミーワルーとか、おまえどこ見てるんかとか、そんな乱暴なからかいに、仲宗根くんは何度も傷ついた。ときには我慢できずに言い返し、取っ組み合いのけんかになることもあった。
 家族と何度も相談を重ねた末、彼は盲学校へ転校することを決めた。
 その決意と背景が、手紙に丁寧に書き添えられていた。
 初めて迎える転校生。その子は少し見えるようだが、どの程度なのだろう。一体どんな子なのだろう。
 普通の小学校から盲学校へ突然転校してきて、環境の変化に戸惑い、落ち込んでしまうのではないか。親元を離れ、寄宿舎での生活が始まる中で、家や友達を恋しく思うこともあるだろう。クラスの子たちと打ち解け、仲良くやっていけるだろうか。私の胸には、不安と期待が入り混じった感情が静かに渦巻いていた。

 五月の初め、朝日がまぶしく照らす中、空はどこまでも青く澄み渡り、風はさわやかな新緑の香りを運んでくる。風に揺れる木々の間から、スズメたちの楽しげなさえずりが響いていた。まるで、この静かな朝のすべてが新しい始まりを祝福しているかのように感じられる。
 今日は、三年一組に転校生がやってくる特別な日。少し緊張しながらも、新しい出会いへの期待に胸が弾む。どんな生徒だろうか、どんな物語を持っているのだろうか、そんな思いが頭を巡り、心が躍る。
 学校へ向かう道を歩いていると、前の方から賑やかな歌声が聞こえてきた。目を凝らすと、盲学校の生徒たちが数人、大きな声で歌を歌いながらこちらへ向かって歩いてくる。
「♪さらば ラバウルよ また来るまでは……」。
「♪しばし 別れの 涙がにじむ……」。
 それは、戦時中によく歌われていた軍歌だった。けれど、子どもたちはその歌の背景や意味を深く考えることもなく、まるで流行歌のように、無邪気に口ずさんでいた。大人たちが日常的に歌っていたものが、知らず知らずのうちに耳に残り、自然と身についてしまったのかもしれない。
 その中に、一人見慣れない子が混じっている。
(あの子……誰だろう? もしかして、今日三年一組に転校してくる仲宗根くんかな?)。
 知念くんは、その子と肩を組み、調子を合わせながら楽しそうに歌っている。二人の笑顔は絶えることなく、まるで昔からの親友のように、自然に打ち解けていた。
 その時、一台の白い車が近づいてきた。「危ない!」と思う間もなく、見慣れない少年ーーたぶん転校生の仲宗根くんーーが、ためらわずに生徒たちを道路の端へと導いた。動きは驚くほど自然で、仲間を導く旗手のような頼もしさがあった。彼の行動には、鋭い観察力と瞬時の判断力がにじんでいる。もしかすると、彼はかなり視力が良いのかもしれない。
 運転手は小さくクラクションを鳴らし、感謝の意を示しながらゆっくりと通り過ぎていった。
 車が行き過ぎると、生徒たちは笑い合い、小突き合いながら学校へ向かって歩き始めた。五月の陽光の下、その光景はとても穏やかで、微笑ましいものだった。
 みんなと仲良くできるだろうか、親元を離れて寂しがらないだろうか。そんな心配は杞憂だったようだ。

 職員室に入ると、いつも通り先生方が慌ただしく動いていた。私は自分の机に向かい、今日の授業の準備を始めたものの、どうしても仲宗根くんのことが頭から離れず、なかなか集中できずにいた。
 そんなとき、校長先生が朝の登校時に見かけた男の子を連れて入ってきた。
「石川先生、紹介しますね。この子が今日から先生のクラスに入る仲宗根くんです。どうぞよろしくお願いします」。
 突然のことで、私は一瞬戸惑い、すぐには言葉が出てこなかった。まるで思いがけず大切なものを託されたような、驚きと喜びが同時に押し寄せてきた。
「分かりました。少しお話ししてから教室に連れて行きます」。
 校長先生にそう伝えると、私は優しく微笑みながら仲宗根くんに向き直った。
「私は、仲宗根くんの担任の石川朝子です。石川先生と呼んでくださいね」。
 できるだけ優しく、親しみやすい声で話しかけた。
「仲宗根くん、名前を教えてくれる?」。
 仲宗根くんは少し緊張した表情を見せながらも、はっきりとした声で答えた。
「仲宗根浩二です」。
 彼の声は、どこか遠くを見つめるような静けさを帯びていて、まるでこれからの新しい環境に対する不安を抱え込んでいるかのようだった。しかし、その瞳には、どこか頼もしさも感じられた。
「ねえ、仲宗根くん。昨日から寄宿舎に入っているの?」。
 私がそう問いかけると、仲宗根くんはわずかにうなずき、小さな声で、ぽつりぽつりと話し始めた。
「昨日は……おばあちゃんと一緒に学校に来て、それで……おばあちゃんが校長先生と、いろいろ話してて、それから寄宿舎に行って……今度は寄宿舎の先生とも話してた。だから、昨日の夜はそのまま寄宿舎に泊まったの」。
 言葉はとぎれとぎれで、話すたびにその声は風に消え入りそうだった。けれど、話し終えると、彼はそっと視線を足元に落とした。なにかを隠すというよりも、むしろ話し終えたことで訪れた静寂に、自分の心を沈めているようだった。
 そういえば、彼が学校にやってきた昨日の午前中、私はちょうど授業中だった。校長先生は、きっと私に気を遣って、あえて知らせずに対応してくれたのかもしれない。
 それにしても……親御さんではなく、おばあちゃんと来たというのは、家庭に何か事情があるのだろうか。
 彼が着ている服は少し古びているものの、きちんと洗濯され、丁寧にアイロンまでかけられている。きっとおばあちゃんが、手間を惜しまず整えてくれたのだろう。
 その姿から、仲宗根くんが日頃どれほどおばあちゃんに大切にされているのかが、しみじみと伝わってくる。
 後で校長先生に話を聞いてみよう。何か事情をご存じかもしれない。
「ところで、寄宿舎の部屋は誰と一緒なの?」。
 そう尋ねると、仲宗根くんは少しだけ表情を和らげて答えた。
「トーシーと同じ部屋でね、昨日は布団を隣同士に並べて寝たんだ」。
 その言葉を聞いて、私は心の中で小さくうなずいた。なるほど……それで今朝、二人で笑い合いながら登校していたのか。まだあどけなさの残るその笑顔に、ほんのりと灯るあたたかな絆。芽生えたばかりの友情が、私の胸を静かに温めた。
 新しい生活が始まったばかりの仲宗根くん。不安も心細さも、きっと胸の奥に抱えているに違いない。それでも、知念くんのような友達がそばにいてくれるなら……彼は、少しずつこの寄宿舎での暮らしにも慣れていけるだろう。
 私はそう信じて、やわらかな声で語りかけた。
「よかったね、仲宗根くん。隣にいてくれる友達がいると、夜も心強いでしょ」。
 その言葉に、仲宗根くんは小さくうなずいた。その仕草は、どこか照れくさそうで、それでいて安心したようでもあった。
「仲宗根くん、何か困ったことがあったら、いつでも先生に言ってね。みんなと仲良く、楽しい学校生活を送ってくださいね」。
 仲宗根くんは、少しだけ表情を和らげ、小さく頷いた。その瞳には、新しい日々への期待とほんの少しの不安が入り混じっていた。
「では、教室に行きましょうか」。
 私が手を引こうとすると、仲宗根くんは「ぼく、一人で歩けます」と答えた。その言葉には、自信と自立心がしっかりと宿っていた。
 私は、そんな彼の姿を見て、これから始まる学校生活への期待がさらに膨らむのを感じていた。
 仲宗根くんと一緒に歩く廊下は、朝の静けさに包まれていた。すぐ隣の草むらからは、一匹のカエルが寂しげに鳴いている。
 仲宗根くんは、まるで私に寄り添うように、少し緊張した足取りで歩いている。その小さな背中には、新しい環境への期待と不安が入り混じった複雑な感情が滲み出ているようだった。

 三年一組の教室の戸を開けると、生徒たちは小さな声で何か話し合っていた。おそらく、今日から仲間になる仲宗根くんのことを噂しているのだろう。
 私は、できるだけ明るい声で「おはようございます」と挨拶しながら、仲宗根くんの手を引いて教室へ入っていくと、その瞬間生徒たちは噂話をしていたことが気まずいと感じたのか表情を隠すかのようにうつむいてしまった。
 教卓まで仲宗根くんを連れて行き、「上地くん、お願いします」と声をかけた。すると上地くんは立ち上がり、はっきりとした声で「きりつ、れい、ちゃくせき」と号令をかけた。
 生徒たちはその号令に従い、機敏に立ち上がり、礼をしてから席に着いた。その一連の動きには無駄がなく、よくまとまっている。ただ、立ち上がるときに椅子が床をこする「ギイギイ」という音が少し気になったので、「立ち上がるときや座った後椅子を引くときは、なるべく静かに。椅子は大切に扱うようにしてくださいね」と優しく声をかけていると、窓から一匹の蜂が入ってきた。
 私は落ち着いた声で「みんな、教室に蜂が入ってきたの。静かに机の下に隠れてくれる?」と言い、仲宗根くんにも「教卓の下に隠れてね」と指示した。生徒たちは怖がる様子も無く、静かに机の下に隠れた。
 私はそっと戸袋からほうきを取り出し、蜂に近づいた。さあ、こいとほうきを刀のように構えたが、蜂は私の気迫に怖じ気づいたのか、教室をぐるりとひと回りすると、そのまま勢いよく窓の外へ飛び去っていった。
 私はほうきを元の場所に戻し、「みんな、もう大丈夫よ。蜂は無事にお家に帰ったみたい」と声をかけた。机の下から顔を出した生徒たちがほっとした表情を見せるのを見て、私はやわらかく微笑んだ。「さあ、席について」。
 教室が落ち着きを取り戻したところで、「中断してしまったけれど、今日からこのクラスに転校生が来ました」と伝えた。
 その言葉に、生徒たちはすでに知っているというようにうんうんと頷いている。その顔には新しい仲間への期待と少しばかりの好奇心が浮かんでいる。特に女の子たちは、まだ仲宗根くんと話したことがないのか、好奇心を隠せない様子だった。
「では、仲宗根くん、自己紹介をお願いします」。
 すでにクラスの一部と知り合っていることもあり、仲宗根くんは少し照れた表情で「仲宗根浩二です」とだけ簡単に自己紹介をした。その声は、少し震えがちだった。
 私はそれ以上無理に話させることはせず、言葉を引き継いだ。
「仲宗根くんは、二年生まで普通の小学校で勉強していましたが、黒板の文字が見えにくくなり、盲学校へ転校してきました」。
「昨日から寄宿舎に入っているので、みんなはもう知っているかもしれませんが、仲良くしてあげてくださいね」。
 そして、仲宗根くんを内間くんの隣の席に案内した。生徒たちはそれぞれの感覚で仲宗根くんの存在を感じ取ろうとしているようだった。

📖 光を求めつつ – 第4話 後編

四.昭和三七年四月二一日 見えない世界を知る 後編

 触ることで見えるものがある一方で、触れることへの恐怖もまた存在している。
 生徒たちにとって触覚は、世界を知るための重要な手段であると同時に、不安や緊張を伴うものでもある。
「恵子さん、触るのが怖い時は無理をしなくてもいいからね。優しく触れるだけで、いろんなことを知ることができるから」。
 私は恵子さんにそっと語りかけた。その言葉が届いたのか、恵子さんは少しだけ安心した表情を浮かべているようだった。
 「ほら、こうやって優しく触ると、全然怖くないわよ」。
 私は、女の子たちに語りかけた。その言葉に励まされ、女の子たちは再びバッタに手を伸ばした。今度は少しだけ長く、慎重に触れることができた。
「わあ、動いている!」。
「羽がサラサラしてる!」。
「足がむずむずして、くすぐったい!」。
 生徒たちはそれぞれの言葉でバッタの感触を表現し、その顔は好奇心と喜びで輝いていた。
 生徒たちの笑顔が広がるのを目にして、私の心には温かなぬくもりが広がっていく。みんなが少しずつ触れることの楽しさを知り始めている。この調子で、さまざまなものに触れながら自分たちの世界を広げていってほしいという願いが自然と心に浮かんでくる。
 草むらを見渡すと、モンシロチョウやトンボ、カマキリなど他の虫たちも目に入った。
 私は生徒たちに優しく語りかけた。
「ほかにもチョウチョやトンボ、カマキリがいるんだけど、捕まえられなくてごめんね。本当は、みんなに触らせてあげたかったんだけど……」。
 すると、恵子さんが私にしがみつきながら言った。
「石川先生、大丈夫だよ。捕まえなくてもいいの。どんな虫なのか、先生が説明してくれたら、それだけでいいから」。
 恵子さんは本当に虫が苦手なようだった。
「分かったわ。今度、理科の時間にでも虫について話しましょうね」。
 私はそう言いながら、恵子さんの手をそっと引き、ゆっくりと草むらを歩き始めた。

 知念くんが落ちたという側溝は、草むらに隠れ、近づいてみるまで全く気付かなかった。
 緑の絨毯に細く走る黒い亀裂。それはまるで自然が残したいたずら書きのようだった。
 側溝は草むらのほぼ中央をゆっくりと流れ、左から右へと横切っている。
 私は、生徒たちに注意を促しながら慎重に側溝に近づいた。湿った土の匂いと微かに漂う水の匂いが混じり合い、鼻をくすぐる。
 側溝を覗き込むと、水の中でオタマジャクシがゆらゆらと泳いでいるのが見えた。きっと、ここはカエルたちの住処なのだろう。
「みんな、水の中でオタマジャクシが泳いでいるよ。近くにカエルもいるはずだけど、ふーん!どこかに隠れているのか、見つけられないね」。
 私はそう声をかけると、生徒たちは耳を澄ませたり、鼻を近づけたりして、側溝の様子を思い浮かべようとしている。
「ねえ、知念くん。草むらで遊んでて溝に落ちたって言ってたけど、誰と一緒に行ったの?」。
 私がそっと声をかけると、知念くんは少し気まずそうに頭をかきながら、ぽつりと話しはじめた。
「四年生のペーチンがさ、『野いちごがあるかもしれない』って言うからさ、一年生の……名前は知らないけど、山原から今年四月に入学してきた子と、五年生のチャンミーと四人で探しに行ったんだけど、見つからなくて……それで、一年生のヤンバルーと二人で、どぶに落ちたわけ」。
「ヤンバルーが落ちそうになって、ワンの手引っ張るからさ、二人とも一緒に落ちたんだ」。
「えっ、二人で!?」。
 私は思わず吹き出しそうになったが、ぐっとこらえて微笑んだ。
「でも、怪我がなくて本当によかったね。今度からは、もう少し気をつけてね」。
 すると、知念くんは胸を張って、ちょっと誇らしげな顔で言った。
「大丈夫だよ。島じゃさ、いつも畑の道を走り回ってたんだ。何回も畑に落ちて転んだけど、一度も怪我したことないし!」。
 その言葉に、私は思わず言葉を失ってしまった。
 “見えないのに、畑のあぜ道を……?。
 風に揺れる草の音の向こうに、少年が土のにおいを感じながら、迷いなく駆けていく姿が浮かんだ。どれほどの記憶と感覚をたよりに、彼は自分の世界を走ってきたのだろう。
 私はふっと微笑んだ。小さな胸に秘められた、そのたくましさと自由さが、何よりもまぶしかった。
 その時、側溝の縁に生えている力草を見つけた上地くんが、「ショパン、草相撲しようぜ!」と屋比久くんに声をかけた。
「やろうやろう!」と屋比久くんが笑いながら駆け寄る。二人の声につられるように、ほかの男の子たちも集まってきた。
 そんな中、私はちょっと気になって屋比久くんに聞いてみた。
「ねぇ、屋比久くん。どうしてみんな、屋比久くんのこと「ショパン」って呼ぶの?」。
 私がそう尋ねると、それより先に内間くんが待ってましたと言わんばかりに元気よく答えた。
「それはね、石川先生!ショパンって、なんか食パンのにおいがするでしょ?だからショパン!食パンのにおいがする屋比久くんにぴったりなんだよ!」。
「ええ?ほんとに?屋比久くん、食パンのにおいするの?」。
 少し冗談めかして聞いてみると、今度は恵子さんが穏やかな声で教えてくれた。
「石川先生、それはちがうのよ。屋比久くん、オルガンがとっても上手なの。音楽の山内先生が、『屋比久はまるでショパンみたいだな』って言ったの。それで、みんながそう呼ぶようになったの」。
「そうだったのね。屋比久くん、オルガン弾けるなんて、すごいじゃない」。
 屋比久くんはちょっと照れたように笑って、頭をかいている。
「石川先生、ショパンって何?」と内間くんが首をかしげながら聞いてきた。
「ショパンってね、昔の外国の音楽家なの。ピアノがとっても上手で、たくさんのきれいな曲を作った有名な音楽家なの。今でも世界中の人が、ショパンの曲を聞いたり、ピアノで弾いたりしているのよ」。
「ふ〜ん、有名な人なんだね。食パンのにおいの人じゃなかったんだ!」。
 草むらに、ふっと笑いがこぼれた。

 その頃には、男の子たちは草を一本ずつ手に取り、それぞれ「勝負だ!」と相手を決めては向かい合っていた。
 女の子たちは、草むらに足を伸ばして座り、「はあるの おがわは さらさら いくよ」と歌っている。
 私は、生徒たちの楽しそうな様子を微笑ましく見守った。見えない世界でも、生徒たちは自分たちだけの遊びを見つけ、心から楽しむことができる。その姿は、生き生きとしていて力強く、そして美しかった。
 同時に、私は側溝の位置を生徒たちに伝え、近づきすぎないように注意を促した。
 そんな折、ゆかりさんがふと空を見上げながら言った。
「石川先生、早く教室に戻ったほうがいいよ。雨、降りそうだよ」。
 私も空を見上げた。確かに、いつのまにか雲が広がっている。上地くんも、となりでこくんと頷いていた。
「ねえ、ゆかりさん、どうしてわかったの?上地くんも、雨が降るのがわかるの?」。
 そう尋ねると、上地くんがにっこり笑って答えた。
「雨が降りそうになるとね、冷たい風が吹いてきて、ほこりのにおいがしてくるんだよ」。
 私はまたしても、生徒たちの鋭い感覚に驚かされた。見えない分、耳や鼻で世界を捉える力が、こんなにも豊かに育っているのだろうか。
 けれど、感心してばかりもいられない。ふと風が肌を撫で、空気がひやりと変わったのを感じて、私はあわてて立ち上がった。
「急がなきゃ、ほんとに降ってくる!」。
 そう言って、生徒たちと一緒に教室へと小走りに戻っていった。

 雨に降られることなく草むらから教室へ戻ると、生徒たちはほっとした表情を浮かべ、自然とあちこちでおしゃべりが始まった。指先にはまだ草の香りがほのかに残り、足の裏には土のやわらかな感触がかすかに伝わっていた。
 それぞれが思い思いの場所に集まり、静かに遊び始めている。教室の後ろでは、鉄棒にぶら下がったり、尻上がりに挑戦する男の子たちの声が響いている。窓際では、女の子たちが輪になって、何かを楽しそうに話している。その笑い声が、教室の空気をやわらかく包んでいた。
「ギンネムは夜になると眠るって石川先生が言ってたけど……木が眠るなんて、なんだか不思議だよね」。
 すると、順子さんがくすりと笑いながら言った。
「恵子さん、バッタ触るの嫌がってたよね。やっぱり怖かったの?」。
「うん!虫は苦手なの!」と、恵子さんが少し照れたように肩をすくめた。
 順子さんも、どこか遠くを見るような目をして続けた。
「私もバッタ、初めて触ったよ。ちょっと怖かったけど……」。
 そう言いながら、彼女は手のひらを空に向け、ふわりと撫でるような仕草をした。
「でもね、羽がさらさらしてたの。すごく軽くて、風みたいだった」。
 その言葉には、小さな命と触れ合った一瞬の感動が、そっとしまい込まれていた。
 そのとき、ゆかりさんが少し心配そうに声を落とした。
「トーシーがバッタをいじめてたけど……大丈夫だったかな?」。
 すると恵子さんが、静かに微笑んで答えた。
「石川先生が草むらに逃がしてくれたから、大丈夫だよ。きっと、もうどこかで跳ねてると思うよ」。
 三人は顔を見合わせ、ふっと笑い合った。そして、順子さんがぽつりとつぶやいた。
「草むら、楽しかったね」。
 その一言に、みんながうなずいた。まるで、風に乗って草の香りが教室の中まで舞い戻ってきたかのように、彼女たちの声はやわらかく、温かく、静かに空気を揺らしていた。
 見えない彼女たちは、耳や手や足を使って、草むらの世界をしっかりと感じ取っていた。言葉のひとつひとつには、その時の感触や空気がきちんと刻まれている。
 私はその様子を見ながら、ふと立ち止まった。見えないからといって、生徒たちの世界が狭いわけではない。むしろ、自分なりの方法で感じ、確かめ、世界に触れている。その姿は、どこかたくましくもあり、しなやかでもあった。
 耳を澄ますと、笑い声の合間に、それぞれの息づかいや気配がやさしく混じり合っているのがわかる。
そっと目を閉じると、草の匂い、柔らかな土の感触、生徒たちの明るい声……そのすべてが、静かに胸の奥へと染み渡っていった。
 視覚を持たない生徒たちは、自分の感覚を頼りにして、少しずつ世界を知っていく。その過程には時間も工夫もいるけれど、その分だけ丁寧に世界を手繰り寄せている。
 私たちが見ているものと、彼らが感じているものは、きっと少しずつ違う。でも、どちらが正しいということではなく、それぞれの世界が、それぞれのやり方で成り立っている。そのことが、今はとても自然なことのように思える。

📖 光を求めつつ – 第4話 前編

四.昭和三七年四月二一日 見えない世界を知る 前編

 私は、少しずつ学校生活に慣れ始めていた。生徒たちの名前や顔、それぞれの性格も徐々に頭に入ってきたが、それでもまだ分からないことが多かった。
 そんな中、私には頼れる存在があった。それは戦前に師範学校を卒業した経験豊富な教師、具志堅先生だった。
 具志堅先生は、生徒との接し方や声のかけ方を、ひとつひとつ丁寧に教えてくれた。その語り口は穏やかで、まるで長年使い込まれた木の椅子のように温かく、心に深い安心感を与えてくれるものだった。
「生徒に後ろからいきなり声をかけると、びっくりさせてしまうことがあります。必ず、声をかけてから近づくようにしてください」。
 私は思わず頷いた。言われてみれば、見えない生徒にとって、突然の声は驚きになるに違いない。
「生徒たちは、先生の声の調子だけで、うつむいているのか、上を向いているのか、どこを見て話しているのかを感じ取ります。だから、よそ見をしながら授業をしてはいけません。」。
 私は改めて具志堅先生の言葉に驚かされ、感心してしまった。
「臭いにも敏感だから、香水などには気をつけて。臭いでからかわれたり、あだ名が付いたりすることもありますからね」。
「足音にも注意が必要です。足音が大きすぎて、生徒たちから『馬先生』と呼ばれていた先生もいましたから」。
「逆に、足音が全くしないと、生徒たちが驚くこともあります。それも気をつけてください」。
 私は「馬先生」というエピソードを聞き、思わず吹き出してしまった。しかし、すぐに表情を引き締め、具志堅先生の言葉を胸に刻んだ。
 見えない生徒たちにとって、音や臭いは私たちが見る景色と同じくらい大切な情報なのだろう。具志堅先生の教えは、一つ一つが驚きと感動を与える新しい気づきだった。
「生徒たちは、声だけで怒っているのか困っているのか、喜んでいるのかを敏感に感じ取ります。だからこそ、声のトーンや言葉遣いに、私たちはもっと注意を払う必要があります」と続けた。
「花の色や遠くの景色、あるいは謝って何かを落としてしまったときなど、視覚的に感じ取ることができません。その部分は石川先生が補ってあげてください」。
「それに、服が汚れていたり、顔に何かが付いていたりすることにも気づかないことが多いので、すぐに教えてあげるようにしてください」。
 具志堅先生の一言一言が、私にとって大切な学びだった。見えないからこそ他の感覚が研ぎ澄まされている。そして、見えないからこそ、周りの人々の助けが必要になる。
 私は具志堅先生の言葉を胸に刻み、これからの教師生活に向けた覚悟を新たにした。
「ありがとうございます、具志堅先生。本当に勉強になります」。
 私が感謝を伝えると、具志堅先生は優しく微笑みながら「困ったことがあったら、いつでも聞いてくださいね。一緒に頑張りましょう」。

 具志堅先生に教えてもらったことをノートにまとめていると、音楽の山内先生が声をかけてきた。穏やかな笑顔を浮かべた山内先生は、周囲を和ませる優しい雰囲気を持っている。
「石川先生、少しは学校に慣れましたか?」。
「はい、少しずつ。でも、まだまだ分からないことがたくさんあって。さっき、具志堅先生に生徒との接し方についていろいろ教えていただいたんです」。
 私はそう言いながら、まとめたばかりのノートを山内先生に見せた。山内先生はノートをじっくりと読んだあと、にっこり微笑んで言った。
「私からも、いくつか追加しておきましょうか」。
 山内先生は静かに話し始めた。
「まず、教室内の物の配置は、常に一定に保つことが重要です。物の位置が変わると、生徒たちが混乱し、移動に戸惑う可能性があります。そのため、配置を変更する場合は、たとえば『今日からほうきとちりとりの置き場所が変わりました』といった形で、必ず事前に言葉で伝えるようにしてください」。
 私はその話を聞き、改めて物の配置が持つ重要性を深く理解した。
「校内には階段や段差、障害物など、いくつか危険な場所が存在します。しかし、生徒たちは経験を重ね、それぞれが工夫しながら注意しているため、ほとんど問題は起こりません。白杖を使わずに自由に移動できているのです」。
 そういえば、白杖を使用している生徒は一人も見かけまい。寄宿舎と学校を行き来する際にも白杖を持たずに歩いている。見えないのに、普通に通学路を歩いているその姿を思い出し、私はその姿を思い浮かべながら、言葉にできない何かを胸の奥に感じていた。
「でも、草むらの側溝は特に危険な場所です。知念くんが落ちたと聞いていますが、生徒たちに側溝の位置を伝え、近づかないよう注意してください」。
 私は、放課後に生徒たちと一緒に草むらを歩いて、溝の位置を確認しようと心に決めた。
 さらに山内先生は続けた。
「『あっち』『そっち』など曖昧な表現を避け、『右』『左』『点字器の隣』など、具体的な言葉で伝えるようにしてください」。
「見えないからといって、表情や身振りを軽視しないようにしましょう。声のトーンや言葉遣いには、感情が反映されます」。
「さらに、何か行動をする際には、事前に必ず説明してください。たとえば、『これから教科書を配ります』と言ってから行動に移ると、生徒たちが状況を把握しやすくなります」。
 私は真剣に耳を傾けながら、ノートに書き込んでいった。
「それから、生徒の中には音に敏感な子もいます。突然大きな音を立てたり、大声を出したりしないように気をつけてください。静かでゆっくりした行動を心がけるといいでしょう」。
「はい、気をつけます」。
 さらに、山内先生は声を潜めるようにして話を続けた。
「それから、手助けをするときは、必ず本人にひと声かけて、許可をもらってください。生徒たちは、自分でできることをとても大切にしています」。
「できることまで手を貸されると、『私は何もできないと思われているのかな』『目が見えないからかわいそうだと思われてるのかな』『どうせ何もできないって思われてるんだ』……そんなふうに感じてしまって、かえって傷ついたり、落ち込んだりすることがあるんです」。
 少し苦笑いを浮かべながら、山内先生はこう締めくくった。
「なんだか校長先生のように話してしまいましたね。余計なことを言い過ぎたかもしれません」。
 私は山内先生の言葉に深く頷き、忘れないように慎重にノートに書き留めた。
「ありがとうございます、山内先生。本当に助かりました」。
「いえいえ、何か困ったことがあれば、いつでも気軽に聞いてください。ではでは、お先に」。
 山内先生は柔らかい微笑みを浮かべながら、まるでオーケストラの指揮者のように軽やかに手を振りながら職員室を後にした。
 その姿を見送りながら、私は教師としての新たな視点が開かれたように感じ、心の奥に新しい希望と熱意が湧き上がるのを感じていた。

 廊下を歩いていると、すれ違いざまに、ゆかりさんがふと顔を上げて声をかけてきた。
「ねえ、すみこねえさん、どこか痛いの?」。
 振り向いた澄子は、ぱちくりと目を瞬かせた。
「えっ、どうして私だってわかったの?……まさか匂いで?えっ、私、臭う?」。
 そう言ってしゃがみ込み、いたずらっぽくゆかりさんの鼻先を指先でちょんちょんとつついた。
「すみこねえさん、いつもはチューインガムの匂いがするけど、今日は清涼丸の匂いもするから、もしかしてどこか痛いのかなって思っただけ」。
「すごいね。当たり。実は昨日の夜から歯が痛くてさ、それで清涼丸を口に含んでたんだけど、ちっとも効かないのよ」。
「今日は午後から休んで歯医者に行こうと思ってるの」。
「そうなんだ。歯が痛いなんて、かわいそうに……」。
「えー、でもすごいね。私がガム持ってるの、ばれてたんだ……うーん、しかたないなあ。一個あげる。でも、みんなには内緒だよ?」。
 そう言って、澄子はポケットから小さな包みを取り出し、そっとゆかりさんの手のひらにのせた。
「いいの?ありがとう!誰にも見つからないように、こっそり食べるね」。
 ふたりはそのまま、廊下に吹き込む風に髪をなびかせながら、そっと目を合わせて笑った。
 一個のチューインガムが、ふたりの心をほんの少しだけ甘くつないでいた。

 お昼休み、私は生徒たちを草むらへと誘った。そこは、生徒たちにとって未知の世界だった。足の裏に伝わる土や草の柔らかな感触、鼻をくすぐる草と土の匂い。山からは鳥のさえずりが聞こえ、遠くには車の音が響いている。生徒たちは五感を研ぎ澄ませ、その瞬間瞬間の感覚に意識を集中させているようだった。
 草むらは、視覚を持たない生徒たちにとって、まるで巨大な感覚の迷宮だった。足を踏み出すたびに草がカサカサと音を立て、土の匂いが鼻腔を満たす。遠くで聞こえる車の音は、異世界から流れてくる旋律のように生徒たちの耳に響いた。
「くさいから嫌だ」「怖いから行きたくない」。
 生徒たちは口々にそう訴え、不安そうな表情を浮かべていた。彼らの心には、見えない世界への戸惑いや未知のものへの恐怖が広がっているのかもしれない。
 私は、生徒たちの不安を和らげるように、優しく語りかけた。
「大丈夫よ、先生がちゃんとついているからね。草むらには楽しい発見がたくさん隠れていると思うよ。例えば、小さな虫たちや、可愛い花、もしかしたらカエルさんもいるかもしれないよ。草むらにはワクワクすることがきっとたくさんあるよ」。
 そう言いながら、私は笑顔で子供たちを見つめ、少し緊張している様子の子たちにさらに続けた。
「怖がらなくて大丈夫。みんなで一緒に冒険してみよう。先生も一緒だから、安心してね」。
 私は生徒たちの手をしっかりと握りしめ、草むらへと一歩を踏み出した。
 彼らの不安に寄り添うように、私は深く息を吸い込む。草の匂いを胸いっぱいに吸い込みながら、足裏に伝わるやわらかな土の感触を確かめた。
 まるで私自身も、生徒たちと一緒に未知の世界へと足を踏み入れているかのようだった。
 草むらの中には、生徒たちの想像を遥かに超えた豊かな世界が広がっていた。ビロードのように滑らかな草の葉、温かく柔らかな土の感触。虫たちの羽音や鳥のさえずり、風に揺れる草木の音。それらすべてが、生徒たちの耳を通じて鮮やかな情景を描き出していた。
 私は、生徒たちの五感を目覚めさせるように、草むらの中で様々な体験をさせた。触れる、嗅ぐ、聞くという行動を通じて、生徒たちは徐々に草むらの持つ魅力に引き込まれていく。最初は戸惑っていた彼らも、次第に未知の世界への興味を募らせていった。
 草むらの中に立ちながら、私は自分自身の感覚が鋭敏になっていくのを感じていた。視覚に頼らず、他の感覚を最大限に活用することで、これまで気づかなかった世界の豊かさが目の前に広がっていく。

 草むらをゆっくりと歩いていると、私の背の高さほどもあるギンネムの木を見つけた。「みんな、触ってみて」。
 私はそう声をかけ、生徒たちにギンネムの木を触らせた。
「みんなが住んでいる沖縄には、面白い名前の木がたくさんあってね、その一つがこの『ギンネム』っていう木なの」。
 説明を続けながら、私はギンネムの葉を優しく撫でてみせた。
「ギンネムは、ネムノキの仲間なの。ネムノキって知ってる?夜になると葉っぱを閉じて、眠るように見える木なの」。
「このギンネムも同じ。夕方になると、葉っぱが閉じちゃうの。まるでおやすみって言ってるみたいにね」。
 生徒たちが興味津々で木に触れている様子を見て、私はさらに話を続けた。
「葉っぱを触ってみて。柔らかくて、とても小さいでしょう?」。
 私がそう言うと、何人かの生徒が手を伸ばしてギンネムの葉に触れ始めた。
「ふわふわしてる!」「本当だ、小さいね!」と驚きや感想があちらこちらから聞こえてくる。
 その時、内間くんがふと花を見つけて、「石川先生、これ何?」と不思議そうに尋ねてきた。
「内間くん、よく見つけたね。これはギンネムの花なの。白くて、まんまるで、毛糸みたいにふわふわしてるでしょう?」。
 私はそう説明しながら、みんなにも沢ってもらおうと枝を軽く引き下げた。
「上の方に花がたくさん咲いているから、みんなも探してみてね」と声をかけると、生徒たちは夢中になって花を探し始めた。
「あった!」。
「ここにもある!」。
「見つけた!」。
「ヤッシー触ってもいい?」と次々に声が上がり、見つけた花を他の子にも触らせようと手が伸びてくる。
「みんなちょっと注意して聞いてね。本当のことかどうかは先生も詳しくはわからないんだけど、ギンネムの葉を山羊に食べさせると毛が抜けてしまう、なんて話を聞いたことがあるから絶対に口に入れたりしないでね」。
 生徒たちは「へえ、そうなんだ」とか「柔らかそうで美味しそうなのに」と言いながら、不思議そうな顔を浮かべつつも、真剣に頷いている。そしてまた、花を探したり葉に触れたりと、笑い声を響かせながら楽しそうに過ごしていた。
「もう少しすると、この花にはサヤエンドウのような形の実がなるの。さやの中の種を指ではじいて飛ばして遊んだり、さやをぱちぱち音を鳴らして楽しむこともできるんだけど、今はまだ少し時期が早いみたいで、残念ながら、実はまだなっていないね」。
 生徒たちは、見えない世界を、私たちが視覚で捉える世界よりもさらに深く感じ取っているのかもしれない。私はそう感じながら、生徒たちと共に草むらという感覚の迷宮を探検した。そこには、恐怖と好奇心、発見と喜びが交錯する、かけがえのない特別な時間が流れていた。

 その時、一匹のバッタが私の白いシャツに飛び込んできた。
「見て、バッタを捕まえたわよ。触ってみる?」。
 私がそう言うと、生徒たちは興味津々といった様子で近づいてきた。
「噛んだり刺したりしないから、大丈夫だからね」。
 私は優しく言い、まずは男の子たちから順番にバッタを触らせていった。最初は恐る恐る触っていた生徒たちも、慣れてくると次第に平気な様子になり、バッタの羽を広げてみたり、顔に近づけて匂いを嗅いだり、動く足の感触を楽しんだりしていた。
 知念くんと内間くんは、小さい頃から虫に慣れているのか、最初から平気な様子でバッタに触れていた。けれど、少し乱暴に扱うので、私はたまらず声をかけた。
「知念くん、そんなに乱暴にしちゃダメよ。かわいそうでしょう?」。
 しかし、二人はあまり気にする様子もなく、楽しそうにバッタをいじっていた。
 次に女の子たちにもバッタを触らせたが、男の子たちほど積極的ではない。特に恵子さんは、指先でそっと触れただけですぐに手を引っ込めてしまった。
「恵子さん、大丈夫だよ」。
 私が優しく声をかけても、恵子さんは首を横に振り、両手をそっと後ろに隠してしまった。その様子から、虫が苦手なのだろうと私は察し、無理に触らせようとはしなかった。
 もしかすると、恵子さんのように少しだけ見えている子は、まったく見えない子よりも、動くものや小さくてはっきり見えないものに対して、かえって強い恐怖心を抱くのかもしれない。

📖 光を求めつつ – 第3話 後編

三.昭和三七年四月八日 初めての授業 後編

「上地くん、自分で話してくれますか?時間かかってもいいからゆっくり話してください」。
 上地くんは、どこか不満げな表情を浮かべながら、もじもじと口を開こうとしていた。
 彼は、みんなから「ウンチュー」と呼ばれているのだろうか?「ウンチュー」……それは確か、沖縄の方言で「叔父さん」を意味する言葉だったはずだ。もしかすると、このクラスの生徒たちはそれぞれあだ名を持っているのかもしれない。みんなが互いにあだ名で呼び合っている様子を思い浮かべると、私の心には自然と好奇心が芽生えてきた。
 あだ名で呼び合うことで、生徒たちは親近感や仲間意識を育んでいるのだろうか。それとも、そのあだ名には彼らの個性や特徴が反映されているのだろうか……。
 あだ名という小さな窓から生徒たちのことをもっと深く知りたい……そう思うと、その探求が、生徒たちとの心の距離を縮める鍵になるかもしれないという希望が胸に灯った。
「上地くん、立って話してくれる?」。
 私が声をかけると、上地くんは少し不満そうな顔をしながらも、椅子をぎーぎーと音を立てて立ち上がった。
「うちの家は、琉球の王様のころからずっとチンスコー屋をやっているってオジーがいつも自慢している。おまえも大きくなったらチンスコー屋を継いでくれよって言うけど、目が見えないのにできるかなって思う」。
「お母さんが言ってたけど、和彦は小さいころに麻疹でひどい熱が出て、そのあと目が見えなくなったって」。
「今は毎日、巨人の野球をラジオで聞くのが、一番の楽しみかな!おしまい」。
 上地くんは一息でそう話し終えると、再び椅子に座ろうとした。しかし、その瞬間、椅子が滑ってしまい、床に尻餅をついてしまった。
「上地くん、大丈夫?」。
 私は驚いて駆け寄ったが、上地くんは照れ隠しのように笑い出した。その笑いにつられて、周りの生徒たちも方言で何かを言いながら笑っている。
 幸い、上地くんに怪我はなく、無事に椅子に座り直すことができたので、私はほっと胸をなでおろし、教卓へと戻った。
「上地くん、たくさん話してくれてありがとう。上地くんは巨人が好きなんだね。先生は野球のこと、あまり詳しくないの。だから、今度ぜひ教えてくれるとうれしいな」。
「それから、上地くんのチンスコー屋さん、先生も知ってるよ。首里の上地チンスコーとても有名だもんね。大学に通っていた頃、何度も食べたことがあるの。とっても美味しかったよ」。
 私が優しく語りかけると、上地くんは少し照れくさそうに微笑みを浮かべた。その微笑みを見て、私の心には少しずつ生徒たちとの信頼関係を築けるという確信が生まれつつあった。

「次は、知念くん、お願いします」。
 さっきは勢いよく話していた知念くんだったが、指名されると一転、はにかんでしまい、一言も話そうとしない。隣に座る屋比久くんが肘で軽くつつきながら、「早くせー」と小声でせかしてくる。
 しぶしぶ立ち上がった知念くんは、少し不機嫌そうな顔をしながら、ぶっきらぼうに言葉を口にした。
「石川先生、粟国島のクルジャーター、すごく美味しいよ!今度島に帰ったとき、持ってくるから食べてみてよ」。
 すると、周りの生徒たちからも「あー、俺も食べたい!」とか「トーシー、私も食べたいな〜」といろんな声が飛び交った。
 そして知念くんはさらに続けた。
「石川先生、昨日草むらで遊んでいたら、下水に落ちた。なんとかはい上がったんだけど、また足が滑って落ちた」。
 その話に、教室中から笑い声が湧き上がった。生徒たちは口々に言い始める。
「石川先生、トーシーすっごくくさかったんだよ!」。
「寄宿舎のの先生に裸にされて、バケツで水かけられて洗われていたよ!」。
「トーシーは冷たいとか言いながら山羊みたいに泣いてたよ!」。
「泣いてないよ!パンツはいてたし!」。
 知念くんは、真剣な顔で声を張り上げ、必死に反論した。その姿に、さらに笑い声が広がる。
「はいはい、みんな静かにして」。
 私は、笑い声に包まれる教室を見渡しながら、優しく生徒たちを制した。
「知念くん、いろいろ話してくれてありがとう。それから、粟国島の黒砂糖、本当に美味しいの?楽しみだわ。少しでいいから、みんなにも分けてあげてね」。
「それと知念くん、溝に落ちたって言ってたけど、怪我しなかったの?大丈夫?」。
「うん、大丈夫だったけど少しびっくりした」。
 校舎の前の草むらには、草に隠れて見えないけれど、小さな溝がある。たぶん、知念くんはその溝に落ちたことを話しているのだろう。
 生徒一人一人の話し方や声が大きい小さい、田舎の鉛があるない、お互いに何と呼び合っているのか、あだ名はあるのかなど、できるだけノートに書き留めていった。

「はい、みんな静かにしてください。少しだけ先生の話を聞いてもらえるかな?」。
 私は、できるだけ明るい声で生徒たちに話しかけた。ざわついていた教室が、次第に静まり返る。
「これからの時間割を発表します。点字器を用意してください」。
「ゆっくり話すから、焦らず、間違えないように丁寧に書いてね。もし、書き遅れたら、いつでも『先生、待って』って言って下さい」。
 私はそう声をかけてから、時間割をゆっくり読み始めた。
「それじゃあ、月曜日、一時間目、算数、二時間目、社会……」。
「最初から算数かよ、いやだなー」誰かが小さな声でつぶやいた。生徒たちは点字器をカタカタと動かしながら、うなずいている。その様子に、私は思わず少しだけ笑みを浮かべてしまった。
「みんな、算数が苦手なのかな?」。
 生徒たちの小さな呟きを聞きながら、これから始まる授業への期待と、少しの不安を感じていた。
 土曜日までの時間割を書いてもらって、腕時計を見ると、まだ少しだけ時間がある。私は、生徒たちの緊張をほぐし、クラスの雰囲気を和ませるために、簡単な言葉遊びをすることにした。

「みんな、これから言葉遊びをします。江戸時代の寺子屋で行われていた、簡単な言葉遊びです」。
 けいこさんが手を挙げて質問した。
「石川先生、寺子屋って何?うさぎ小屋みたいなもの?」。
 その言葉に教室がざわつき始めた。その時、内間くんが大きな声で号令をかけた。
「せーいの!」。
 内間くんの号令に続き、男の子たちが揃って叫ぶ。
「フラー!フラー!け・い・こ!」。
 突然の展開に、私は一瞬言葉を失ってしまった。「フラー、フラー、けいこ…?」応援のつもりだろうか、それともからかっているのだろうか。
「みんな、静かにしましょう」。
 私は落ち着いた声で制し、教室のざわめきを抑えた。
「けいこさん、寺子屋っていうのはね、今の学校みたいなところで、子どもたちが読み書きや計算を学んでいた場所のことなの。お寺などで行われることが多くて、そろばんや漢字の練習もしていたの」。
「わかったかな?」。
 けいこさんは何かを思い出したように、うんうんと頷いた。その姿を見て安心する一方で、私の心に引っかかるものがあった。
 フラーというのは、沖縄の方言で「バカ」という意味…どうしてこんな言葉を?私は、一度深く息を吸い、静かに気持ちを整えてから、落ち着いた優しい声で、生徒たちに語りかけた。
「みんな、言葉ってすごく大切だよね。だから、誰かを傷つけたり、悲しい気持ちにさせたりするような言葉は使わないようにしようね」。
 生徒たちは一瞬沈黙した後、それぞれ小さく頷いている。彼らがどんな思いでそんな言葉を口にしたのか分からないが、私は深く問い詰めず、言葉遊びに向けて気持ちを切り替えることにした。

「それでは、遊び方の説明をしますね」。
「先生が『魚鳥木、申すか申さぬか?』と聞きますから、みんなは『申す申す』と答えてください。そして、先生が魚と言ったら、当てられた生徒は魚の名前を十個答えてくださいね。鳥と言ったら鳥の名前を十個、木と言ったら木の名前を十個答えてください」。
「それでは始めますよ」。
「魚鳥木、申すか申さぬか!」。
「申す申す!」。
生徒たちは声をそろえて元気よく答えた。
「それでは、ゆかりさん、鳥」。
 ゆかりさんは天井を見上げながら、少し考え込んだ様子で答え始めた。
「ええと、スズメ、ヒバリ、メジロ、カラス、ウグイス……」。
 言葉が詰まったのか、ぶつぶつとつぶやきながら困った顔をしている。
「ゆかりさん、まだ五つですよ。残り五つ、頑張って」。
 私が優しく声をかけると、ゆかりさんがさらに考え込む。
「ええと、カナリヤ、コウモリ、ハト、ツル、コトリ。石川先生、十個できました!」。
 得意げな声が教室に響いたその瞬間、子どもたちのあちこちから笑い声がわき起こり、たちまち教室中が楽しげな雰囲気に包まれた。
「ゆかりさん、コウモリは空を飛ぶけれど、実は鳥の仲間じゃないのよ。それに……最後の『コトリ』って?」。
 私が苦笑いを浮かべながら首をかしげると、生徒たちはもう我慢できないといった様子で、机を叩いて笑い転げた。中には涙を浮かべながら笑っている子もいる。
 なんともにぎやかで、微笑ましいひとときだった。
「誰か、あと二つ答えられる人、いますか?」。
 私が教室を見回しながら問いかけると、少しの間をおいて、屋比久くんが勢いよく手を挙げた。
「石川先生、にわとり! それから、ひよこ!」。
 その瞬間、教室中に笑い声がどっと広がった。
 「にわとりとひよこは同じだろ!」。
 「それ、親子じゃん!」。
 あちこちからツッコミが飛び交い、生徒たちは肩を震わせながら笑い転げている。中には、笑いすぎて椅子からずり落ちそうになっている子までいた。
 私もつられて吹き出してしまい、「なるほど、にわとりとひよこね。たしかに両方とも鳥だけど……」と、微笑みながら答えた。
 生徒たちの笑顔を見て、私も移られて笑ってしまった。こんなに笑ったのは久しぶりかもしれない。
「さあ、あと一個です。誰か答えられる人、いるかな?」。
 静まりかえった教室の中で、とてもおとなしそうな順子さんが手を挙げ、小さな声で言った。
「石川先生、『かもめの水兵さん』に出てくるカモメは鳥ですか?」。
 順子さんが、首をかしげながら少し不思議そうにたずねた。
 私は、その問いかけに思わず微笑みながら、ゆっくりとうなずいた。
「はい、カモメは鳥ですよ。白くて翼が長くて、海辺をすいすい飛んでいます。小さな魚を見つけては、上手にくちばしでつかまえて食べるの」。
 順子さんは「へえー」と感心したように声を漏らし、周囲の子どもたちも興味深そうに耳を傾けている。
「沖縄にはいませんが、北のほうの港町ではよく見られる鳥なんです。歌の中の「水兵さん」みたいに、海を自由に旅しているのかもしれないね」。
 そんなふうに言うと、教室にはふわりとした空気が広がった。子どもたちは思い思いにカモメの姿を想像しているようだった。
「それでは、もう一度」。
「魚鳥木、申すか申さぬか!」。
 ちょうどその時、澄子さんの授業の終わりを告げる鐘が聞こえてきた。
「あら、もうこんな時間。また時間があったらやりましょうね」。
「それでは皆さん、起立、礼!」。

 授業の始まりや終わりに起立し、礼をする。そんな基本的な習慣も、このクラスではまだしっかりと根づいていない。挨拶の声がばらばらだったり、動きがぎこちなかったりする様子を見るたびに、これから一緒に育てていくべきものがたくさんあるのだと、改めて思い知らされる。
 次の授業は国語。けれどその前に、まずは級長を決めよう。級長を中心に「起立」「礼」「着席」の号令を少しずつ取り入れ、自然と教室に規律が生まれていけばいい。時間はかかっても構わない。大切なのは、形だけの挨拶ではなく、その中に込める気持ちが育つことなのだから。
 何も急ぐ必要はない。一度にすべてを整えようとするよりも、毎日ほんの少しずつ、歩みを重ねていく方が、生徒たちにとってもきっと負担が少なく、自然に身についていくはずだ。
 まずは、朝の挨拶から始めてみよう。
 「おはようございます」。たったそれだけの言葉が、どれほど大きな力を持っているか、私は知っている。
 挨拶は、心を開く扉だ。言葉を交わすその一瞬が、相手を認め、受け入れ、そしてつながるきっかけになる。たとえ短いひとことでも、それが教室の空気を変え、表情を明るくし、学びの場としての温かな土壌を育てていく。
 声に出して伝える「おはよう」は、「あなたと今日を始めたい」という小さな希望のあらわれだと思う。
 教室に満ちる笑顔と挨拶の声――そんな光景を思い描くだけで、胸の奥がじんわりと温かくなった。
 もちろん、うまくいくことばかりではないだろう。新しい挑戦には、期待と同じくらいの不安もつきまとう。けれど、その不安さえも、未来への一歩を踏み出すために必要なものだと、今の私は感じている。
 生徒たちと共に築く、これからの日々。
 その始まりに立ち会えることが、今の私には何よりの喜びだった。

📖 光を求めつつ – 第3話 前編

三.昭和三七年四月八日 初めての授業 前編

 春の陽光が眩しく降り注ぐ朝、私はシャツの胸元を何度も直しながら、固くなった足取りで学校へと向かっていた。
 今日から、小学三年生のクラスを担当することになった。それは、これまで触れたことのない未知の世界へと踏み込む第一歩でもあった。
 盲教育についての知識を深め、経験を重ねていくことが求められる新たな環境。しかし、私の心には期待よりも不安の方が大きく広がっていた。
「生徒たちに、どんな未来を見せてあげられるのだろうか……」。
 目の見えない生徒たちとどう接すればいいのか、その答えはまだ見つからない。不安と戸惑いが心を覆い尽くし、胸の中に静かに渦を巻いていた。
 私が受け持つクラスは七名。男の子が四名、女の子が三名。視覚が完全に失われた生徒が五名、わずかに視力が残る生徒が二名。早朝の職員会議で耳にした「全盲」「半盲」という言葉に、私は何とも言えない違和感を覚えた。見えないことだけで人を分類するような響きがあるからかもしれない。
 目の前に広がる現実を前にして、私は自分がどう授業を進めていけばいいのか、まったく見当がつかなかった。ただ、漠然とした不安が胸を覆い尽くす一方で、その奥底には、何か新しいものが始まろうとする予感が、かすかに息づいていた。
 点字の仕組みは頭では理解できても、実際に指で読むのは難しかった。他の先生方も「触って読めるようになるには、相当な訓練がいる」と言っていた。
 職員室の入り口近くには釣り鐘があり、用務員の澄子さんが釣り鐘を鳴らして授業の始まりと終わりを知らせてくれる。この用務員を生徒たちは「すみこねえさん」と呼んでいる。
 私が受け持つ三年一組は、一学年一クラスしかないのになぜか三年一組という。
 教室は普通の学校の半分くらいの広さで、前にはどこの学校にもある黒板、そして教卓が置かれており、教室の入り口には水道が設置されている。生徒たちはそこで手を洗ったり水を飲んだりする。
 なぜか教室の後ろの方には畳二枚分くらいの箱庭のような砂場があり、壁には鉄棒が取り付けられている。
 教室の中に砂場と鉄棒があるのにはびっくりしたが、運動場がないための工夫なのかもしれない。

 授業の始まりを告げる澄子さんの鐘が、静かな校舎に清らかな音を響かせた。
 先生方がそれぞれの教室へと向かう中、私は澄子さんのそばを通り過ぎながら、小さな声で「澄子さん、おはようございます」と挨拶をした。
 澄子さんは、そっと控えめに会釈を返してくれた。淡い色のブラウスに紺のジャンパースカートを重ねた装いは、清楚でありながらどこか親しみやすく、彼女の軽やかな足取りによく似合っている。足元には、白さがまぶしい月星の運動靴がきらりと光っていた。
 私は三年一組の教室へ向かって、静かに足を進めた。三年生になったばかりの生徒たちが待つ場所へ、胸の高鳴りを感じながら向かっていく。
 教室へと続く廊下はしんと静まり返り、足音だけがかすかに響いている。その静けさに包まれながら、私は教室の前で立ち止まり、一度、大きく深呼吸をしてから、そっと三年一組の教室の扉に手をかけた。
 扉を開けると、子どもたちの明るい声がぱっと耳に飛び込んできた。何かを話しているらしく、教室には笑い声が満ちていた。
 できるだけ明るい声で、「おはようございます」と挨拶した。けれど、生徒たちの笑い声にかき消されたのか、誰ひとりこちらを振り向いてはくれない。教室のざわめきの中、まるでその場に存在していないかのような、心細さに包まれた。
 もう一度、今度は少しだけ大きな声で、「おはようございます」と呼びかける。すると、入り口に一番近い席の女の子が、はっとしたように顔を上げ、小さな声で「おはようございます」と返してくれた。その瞳は、ほんの少しだけ光を捉えているように見えた。
 けれど、他の生徒たちは、まだ誰一人としてこちらに気付いていない。彼らにとって、私の声は、まだ届かない遠くの音なのかもしれない。
 私は、少しだけ戸惑いながらも教卓に立ち、後ろの黒板を二度、とんとんと叩いた。
 すると、さっきまでの喧騒が嘘のように、生徒たちは一斉にこちらを向き、声を揃えて「おはようございます」と言った。そして、その直後、生徒たちは顔を見合わせ、くすくすと笑い始めた。その表情は悪戯が成功した子どものように、どこか得意げだ。
 どうやら初日の挨拶で、私は生徒たちにからかわれてしまったらしい。
 生徒たちの笑い声がなかなか止まらないので、私もつられて笑ってしまった。そして、その瞬間私の心から緊張という名の重い鎧が、ゆっくりと剥がれ落ちていった。
 生徒たちの屈託のない笑顔に、心がほどけていく。

「みなさん、おはようございます」。
 私は、自然な笑顔で子どもたちに語りかけた。
「今日から、三年一組の担任になった石川朝子です。これから一緒に楽しい時間をたくさん過ごしていきましょうね。石川先生って呼んでください。気軽に話しかけてくれると嬉しいです」。
「それでは、まず出席を取ります。一人ずつ名前を呼びますので、返事をしてくださいね。どんな声でもいいですよ、大きな声でも、小さな声でも、元気に答えてくれたら大丈夫です」。
 私は、名簿を開き、生徒たちの名前を一人ずつ呼び始めた。生徒たちの名前を呼ぶ声は、まだ少しだけ震えていたが、その声には、これから始まる日々への期待と、生徒たちへの深い愛情が込められていた。
「上地和彦くん」。
「はい」。
 上地くんの声は低めで落ち着いており、どこか大人びた印象を与えるものだった。
 私はその声に少し驚きながらも、彼の落ち着いた態度に感心した。上地くんの存在が、クラス全体に不思議な安定感を与えているのかもしれない。
「みなさん、返事をするときは右手を挙げて、はっきりと「はい」と答えてくださいね」。
「では、もう一度呼びますよ。上地和彦くん!」。
 私は少し明るい声で呼びかけた。
 すると今度は、上地くんが元気よく手を挙げて、大きな声で「はい!」と返事をしてくれた。
「皆さんも、右手を挙げて「はい」と元気に返事をしてくださいね!」。
「内間靖くん」。
「はい!」。
 内間くんの声は教室中に響き渡るほど元気いっぱいで、まるで周囲にエネルギーを与えるような力強さがあり、その明るい返事に、私は思わず笑顔になった。
 彼の生き生きとした声には、授業への意欲やこれから始まる新しい日々への期待感がにじみ出ていた。
「金城恵子さん」。
「はい」。
 教室の中で控えめに響いた小さな声。それは、先ほど一人だけ私に挨拶をしてくれた女の子のものだった。彼女の返事には慎ましさがありながらも、どこかしっかりとした意志が感じられる。
 私は声の主にそっと目を向けた。恵子さんの頬はうっすらと赤らみ、小さな手が机の上でそわそわと動いている。その慎ましくも初々しい仕草に、私の胸にはふんわりとした温かさが広がっていった。
「知念敏夫くん」。
「はい!」。
 知念くんは、両手を大きく挙げ、まるで誰かのものまねをしているかのようなユーモラスな仕草で、大きな声で返事をした。その元気いっぱいの声は教室中に響き渡り、生徒たちの笑いを誘った。もしかすると、知念くんはクラス一のお調子者なのかもしれない。
 その陽気な振る舞いは、教室の空気を一気に明るくしてくれた。彼の明るさと無邪気さは、まるで教室のムードメーカーそのもののようだった。私の胸には、そんな知念くんの存在が、このクラスの日々を温かいものにしてくれる予感が広がっていった。
「登川ゆかりさん」。
「はい……」。
 ゆかりさんの返事は、控えめで、どこか不安そうに聞こえた。赤みがかった髪と、可愛らしく整った西洋風の顔立ち……その姿には、どこか異国の雰囲気が漂っている。おそらく、アメリカにルーツをもつ家族がいるのかもしれない。
 ゆかりさんの出身地であるコザ市は、沖縄に駐留していたアメリカ兵と沖縄の女性との間に生まれた、いわゆる混血児が多い地域だという話を耳にしたことがある。
 彼らの中には、アメリカ兵と結婚し幸せな家庭を築いた人もいれば、父親となるべきアメリカ兵が母親と子どもを沖縄に残して帰国してしまうという悲しい例も少なくない。
「ゆかりさんはどんな境遇なのだろう……」。
 そんな想像が頭をよぎると、私の胸には締め付けられるような感覚が広がっていった。
「又吉順子さん」。
「はい!」。
 元気いっぱいの声が教室に響き渡った。その返事は明るく、力強く、私はその声に思わず微笑みを浮かべた。順子さんの返事は、まるで部屋全体に新鮮な空気を運んできたかのようだった。生徒たちもその声に引き込まれるように反応してくれて、教室の空気が少しだけ軽やかになった。
「屋比久守くん」。
「はい!」。
 明るく、はきはきとした声が教室中に響きわたった。その声には、ほんの少し照れくささも感じられたが、それ以上に、しっかりとした芯のある自信がにじんでいた。
 屋比久くんの指先が、無意識のうちに机の上を右へ左へと滑っていく。まるでオルガンの鍵盤をなぞるように……軽やかに、楽しげに。その仕草に私はふと目を留め、「もしかして、この子、ピアノが弾けるのかしら」と思った。
 生徒たちは、照れくさそうに、でもしっかりと「はい」と返事をしてくれた。その声を聞きながら、私は、この子たちと一緒に、どんな一年を過ごせるのだろうかと、胸を高鳴らせていた。
「みなさん、本当にありがとう」。
 私は、教室を見渡しながら、心の底からの感謝を言葉にした。
 教室には、温かな空気が満ちていた。これから始まる一年が、生徒たちにとっても、そして私にとっても、かけがえのない特別な時間になると確信していた。

「先生は、宜野座村の出身です。ここからだとバスを乗り換えて二時間半くらいかかります。とても海がきれいで、パイナップルの栽培が盛んな小さな村です」。
「大学は、女子寮に入りそこから大学に通いました」。
 少し照れながら、私は続けた。
「最初はね、都会の暮らしになかなか慣れなくて、何度も大学をやめて宜野座村に帰ろうかと思ったことがあったの。でも、親しくしてくれる友達がいてくれて……そのおかげで、なんとか頑張って卒業することができました」。
 その言葉に、生徒たちは真剣な眼差しで私を見つめていた。私の話は、まるで遠い昔の物語のように、生徒たちの心に静かに染み込んでいくようだった。
「卒業して、先生になって、こうしてみんなとお話しできることを、本当に嬉しく思っています。先生も、みんなと一緒に楽しく過ごして、たくさん学びたいと思っています」。
 私は教室をゆっくり見渡しながら、にこやかに微笑んだ。生徒たちのまっすぐな視線が、胸にじんわりと温かく届いてくるのを感じていた。
「先生は、読書と散歩が大好きです。晴れた日にのんびり歩きながら、自然の中で過ごす時間がとても好きです。風にそよぐ木の葉や鳥の声を聞いていると、心がすうっと軽くなる気がします。それから、本を読んでいると、いろんな世界を旅しているような気持ちになって、新しいことを知るのがとても楽しみです」。
「みんなはどうですか?どんなときに楽しいと感じますか?好きなことや、大切にしていることがあったら、ぜひ教えてください」。
「一人ずつ教えてくれますか?」。
「では、上地くんから。自分が好きなものや楽しいと思うことを教えてください?」。
 私が微笑みながらそう呼びかけると、上地くんは少し考え込むように目線を下げ、小さな声で言葉を探し始めた。
「うん、あのー…」。

 上地くんがようやく話し始めようとしたその瞬間、知念くんが勢いよく手を挙げ、元気な声で話し出した。
「石川先生!ウンチューの家は有名なチンスコー屋だよ!」。
 突然の発言に、私は思わず戸惑ってしまった。「ウンチュー?」その言葉は初めて耳にするあだ名だった。知念くんの言葉には悪意はないと感じたものの、上地くんの話の途中で飛び出したその声に、私はどう対応するべきか一瞬考え込んでしまった。
「知念くん、ちょっと待ってね」。
 私は優しく語りかけるように知念くんの方を向き、落ち着いた声で続けた。
「先生は今、上地くんにお話をしてもらおうとしているところなの。だからね、知念くんの番も後で必ず来るから、少しだけ待っていてくれるかな」。
 知念くんは口を閉じて頷き、椅子に座り直した。その姿に私は柔らかく微笑み、再び上地くんに目を向けた。

📖 光を求めつつ – 第2話 後編

二.昭和三七年三月二五日 点字、未知なる世界への扉 後編

手すりにもたれて遠くをぼんやりと眺めながら、私はしばし物思いにふけっていると、その沈黙を破るように、校長先生が、寂しげな口調で語り出した。
「このあたりも、戦争が非常に激しかったそうです。あの丘には、住民が避難するために掘られた防空壕がいくつもあるんですよ。どれほどの恐怖と苦しみの中で人々が生き延びようとしたのか……想像すると胸が痛みます。つい最近も、戦没者遺族の方々が遺骨収集に来ていました」。
校長先生の言葉を聞きながら、私はその景色を見つめたまま、静かに頷いた。
「戦争が終わってもう十七年も経つのに……まだこの土地には、はっきりと戦争の爪痕が残っているんですね」。
しばしの沈黙の後、私はふと思い立ち、気になっていたことを尋ねてみた。
「ところで、校長先生。この学校には運動場がないようですが、体育の授業はどのように行われているのですか?」。
「それと、生徒たちはどのようにして学校に通ってくるのですか?」。
すると、校長先生は穏やかな笑みを浮かべながら、ゆっくりと答えてくれた。
「実は、今、この草むらを整備して運動場を作る計画があります。現在、琉球政府に予算申請をしているところで、何とか二学期までに整備を終えて、子どもたちが楽しみにしている運動会を開催できるようにと願っています」。
「そうなんですか。早く運動場が完成するといいですね」。
私はそう返しながら、心の中で運動場ができあがる未来を思い描いていた。
「それと、こちらの生徒たちは、離島や沖縄本島の遠くから通ってくるため、ほとんどの生徒が寮に住んでいます。自宅から通学するのはかなり難しいんですよ」。
「ここからは見えませんが、左手の方に、そうですね、約五分ほど歩いた場所に宿泊施設があります。ほとんどの生徒はそこに住みながら通学しています」。
「今は春休み中ですから、生徒たちはみんな家族と楽しい時間を過ごしていることでしょう。実はそちらも案内してあげたかったのですが、春休み中は生徒がいないため、中に入ることができませんし、案内することもできないんです。でも、帰りにでも少し寄り道して、宿舎がどこにあるのか確認しておくといいかもしれません」。
校舎の前に広がる静かな風景を目の前にして、私は自然と目を奪われていた。小さな校舎と簡素な設備。派手さはないものの、どこか心に温かさを感じさせるたたずまい。その場所には、そこで過ごす生徒たちの穏やかな日々が、静かに息づいているのかもしれない。
校長先生の後ろをついて歩く私の足取りは、どこか慎重だった。緊張感が胸に張りついている一方で、この場所に足を踏み入れたことで湧き上がる何か新しい感覚が、心の奥底にじんわりと広がっていた。その感覚は、私がこの学校で何か重要な役割を果たせるのではないかという期待だった。
「ここで私は、何ができるのだろう……」。
そう小さく自問しながらも、私の心には、生徒たちと共に新しい未来を築いていきたいという強い思いが静かに芽生えていた。それは、私自身にとっても大きな挑戦の始まりであり、やがてその思いが胸の内に小さな炎を灯し、私を一歩ずつ前へと進ませる力になっていくのを感じていた。

職員室の前まで戻ってくると、校長先生はふと思い出したように私に問いかけてきた。
「ところで、石川先生は点字の読み書きができますか?」。
「いえ、まだ見たこともありません」。
私が正直に答えると、校長先生は少し残念そうな表情を浮かべた。
「そうですか。それなら、早速点字を覚えてください」。
「えっ、今からですか?」。
「難しくないですか?」。
突然の提案に、私は思わず戸惑いを隠せなかった。だが、校長先生は穏やかな笑みをたたえたまま、私の不安を包み込むように優しく語りかけた。
「ははは、大丈夫ですよ。案外簡単ですから、すぐに覚えられますよ」。
そう言うと、校長先生は職員室へと入っていき、私も後に続いた。
窓際の机が校長先生の席らしく、その上に置きっぱなしになっている、左右にぽつぽつ穴が開いた紙挟みのような道具を私に手渡しながら、校長先生は説明を始めた。
「これが点字を書くための道具で、点字板と呼ばれるものです」。
次に、点字板の上に乗っていた四角い穴が並んだ真鍮の道具を渡しながら、「これを定規と言います」と付け加えた。
さらにその定規には、ひもで繋がれた小さな針が付いたこけしのようなものがついており、それを不思議そうに触っている私に、校長先生は続けて教えた。
「これが点筆です。この針で点字を打ち込んでいきます」。
「では、これらの道具を使って点字の書き方をお教えしますので、しっかり身につけてください」。
椅子に座った校長先生は、白い厚手の紙を点字板の側面にそろえ、はみ出した紙の端を丁寧に折り込んだ。
「こうやって、はみ出した部分を折り込んでください」と、動作を見せながら説明を続ける。
折った紙を裏返して、点字板の紙挟み部分にしっかりと差し込む。次に、紙の一番上に定規をセットし、ひもで繋がれた点筆を使って、ぽつぽつと紙に穴を開け始めた。
「どうですか?簡単そうでしょう?」。
「はい……」。
私は少し緊張しながらも返事をした。
校長先生は軽く笑みを浮かべながら、さらに丁寧な説明を続けていった。

「点字というのは、視覚障害者の方々が文字を読み書きするために使う凸字、つまり触って読む文字のことです」。
そう言いながら、点字板にセットされた紙の上を指でなぞり、さらに説明を加えた。
「点字は、六つの点を基礎として構成されており、それらの点の組み合わせによって、文字や数字、記号などを表現しています」。
私は、点字板に刻まれた小さな突起を、不思議そうにじっと見つめた。
「すごいですね。でも、これはどうやって読むんですか?」。
「視覚障害者の方々は、この紙に打たれたぽつぽつを指先で触れて文字を読んでいるのです。すごいと思いませんか?」。
「指で触っただけで、文字が分かるものなんですか?」。
私はまだ信じられない思いで、驚きを隠しきれずに尋ねた。
すると校長先生は、穏やかな口調で続けた。
「ええ。石川先生も、これから実感されると思いますが……指先で点の位置を正確に感じ取り、それがどの文字を表しているのかを判断するには、非常に繊細な感覚が求められます。それを視覚に障害のある子どもたちは、まるで当たり前のようにやってのけるのです」。
そう語りながら、校長先生は引き出しから黒い綴じ紐でまとめられた、点字で書かれた資料を取り出し、私の方へそっと手渡した。
「試しに、この点字を触ってみてください」。
私は言われるままに、点字を指先で慎重になぞってみた。しかし、指に伝わるのはただ小さな突起があるだけで、それが文字を形作っているとは到底思えない。
「うーん……全然分かりません」。
私は困惑しつつも、正直にそう答えた。
「そうでしょう?でも、生徒たちはこれを何度も繰り返し練習して、読み書きの技術を習得していきます」。
先生は優しく微笑みながら言った。
「すごいですね……」。
「ええ、最初はみんな苦戦します。でも、毎日少しずつ触れているうちに、指が自然と覚えていくんです。まるで、目で文字を読むのと同じように」。
「そうなんですね……」。
私は再び指を滑らせながら、生徒たちの努力を思い浮かべた。見えない世界の中で、一つひとつの点を頼りに言葉を紡ぐ……それはどれほどの根気と努力を必要とするのだろうか。
私は、視覚障害者の方々の努力とその驚くべき才能に、心からの敬意を感じた。
「石川先生も、これから点字を覚える中で、きっと新しい発見や感動がたくさんあると思います。それを楽しみにしてください」。
校長先生はそう励ますと、温かい眼差しで私を見つめ、そっと微笑んだ。
「はい、頑張ります!」。
私は力強くうなずき、新たに始まる挑戦への意欲が胸の内に静かに湧き上がるのを感じていた。点字の奥深さに触れるたびに、教師としての責任と使命の重みが、改めて心に刻まれていく。
「試しに、この表を見ながら五十音を点字で書いてみてください」。
そう言って校長先生は、点字器と、ひらがなと対応する点字が並んだ五十音表を私に手渡した。
私はそれを頼りに、「あ・い・う・え・お」と一文字ずつ打ってみたが、想像以上に力が必要で、点筆を正しい位置に差し込むだけでも一苦労だった。
なんとか五十音を打ち終え、点字板から紙を外して裏返すと、指先には小さな突起が触れるものの、それが文字に見えるとは到底思えない。紙を見ると、所々破れており、正しく打てているのかも判断がつかない。
不安げにその紙を差し出すと、校長先生は優しい眼差しで紙を確認しながら言った。
「うーん、石川先生。力を入れすぎているようです。点筆はもっと優しく握り、紙に穴を開けるように軽く打つのがコツです。それから、点筆の角度も重要ですよ。垂直に立てて、まっすぐ押し込むと、きれいな点ができます」。
さらに校長先生は、続けてこう言った。
「石川先生、この点字器を持ち帰って、新学期までに五十音を打てるようになってください」。
そうして点字器と点字用紙、五十音表を手渡された私は、少し不安な気持ちを抱えながらも、点字器を大切そうに抱きしめた。
「それから、石川先生。点字を学ぶには、指先の感覚を研ぎ澄ませることが重要です。指先の微細な感覚を養うために、普段から布や木の質感、咲いている花びらの感触、さらには砂や石のような自然の素材にも触れて、その違いを確かめる練習をしてみてください。こうした触感を積み重ねることで、指先がより敏感になり、点字を読む力が向上していきます。そして、触れたものをただ感じるだけでなく、そこから得た感覚を言葉で表現する練習も役立ちます。日常生活の中で指先を使う機会を意識的に増やすことが、点字をスムーズに学ぶための大きな助けになるはずです」。
校長先生のアドバイスに、私は思わずはっとし、深く頷いた。
「はい。ありがとうございます。やってみます」。
私は点字器をしっかりと握りしめ、校長先生に丁寧にお礼を述べた。そして、「来年度からどうぞよろしくお願いします」と伝え、静かに職員室を後にした。

校門を出て、見慣れない道をゆっくりと歩いていると、視覚障害者たちのひたむきな努力とその才能に、改めて心を打たれた。彼らが点字を使いこなし、その世界を広げている姿に深い敬意を感じずにはいられない。点字の持つ奥深さ、それを自在に操る人々の素晴らしさが胸に響き、自分に教師として何ができるのかという問いが、心の中で静かに大きく膨らんでいった。
「よし、私も頑張ろう」。
私は空を見上げ、小さくそう呟いた。
目の前には、まだ見ぬ世界が広がっている。不安がないわけではない。けれど、それ以上に胸に満ちていたのは、希望と期待だった。
不安と期待が交錯する中で、私はそっと点字器を胸に抱いた。その瞳には、これからの未来を見据える新たな光が宿っていた……教師として、子どもたちとともに歩み、道を切り拓いていくという強い決意の光が。

📖 光を求めつつ – 第2話 前編

二.昭和三七年三月二五日 点字、未知なる世界への扉 前編

 学びの証を胸に、私は新たな一歩を踏み出した。その決断は、私の人生においてまさに大きな転機となった。
 四月から私は沖縄盲学校で教諭としての新しい役割を担うことになり、その責任の重さと新たな出会いへの期待に胸を膨らませていた。これまで積み重ねてきた努力が自信となり、新しい環境への挑戦に向けての意欲をいっそう高めてくれていた。
 教諭としての使命を果たすだけでなく、生徒一人ひとりの可能性を引き出し、それぞれが輝ける場をつくることに全力を尽くそうと心に決めていた。その決意は、自分のなかにある強い意志の表れであり、これからの経験は私にとって貴重な学びとなり、きっと自らを成長させてくれるに違いない。
 春の柔らかな光がバスの窓越しに差し込み、私は静かに座席に身を預けていた。胸の奥には、新たな一歩への期待とともに、不安という小さな影が、胸の奥でそっと揺れていた。
 赴任先は沖縄盲学校。これまでに訪れたことも、身近に感じたこともない世界。
「どんな学校なんだろう……」。
 思わず漏れた言葉は、自分自身への問いかけのようでもあり、未来への小さな祈りのようでもあった。
 目的の停留所に着くと、私はバスを降り、静かな住宅街へと足を踏み入れた。

 狭い路地を十数分歩きながら、心の中で思い描いていたのは、近代的な設備が整った校舎の姿だった。しかし、目の前に現れたのは、その予想とは裏腹に、どこか素朴で小さな学校だった。
「……ここが、盲学校なの?」。
 ぽつりと漏れた言葉は驚きと戸惑いに満ちていた。
 私の故郷、宜野座村の小学校よりもさらに小さな校舎が、春の陽ざしの中でひっそりと佇んでいた。
 校門をくぐると、左手に二階建ての校舎が一棟建っている。見渡しても、他には何もない。運動場もなく、ただ一面に草に覆われた空き地が広がっているだけ。その向こうには、緑深い丘がまるで学校を包み込むように迫っていた。
 その光景を前に、私は立ち止まったまま動けなかった。目の前に広がる風景が現実だとは、なかなか受け入れがたかった。
「こんなに小さな場所で……生徒たちは、どんなふうに学んでいるんだろう……」。
 ふと胸をよぎるのは、不安と疑問。ここで私に何ができるのだろうか。生徒たちはどんな目で私を見るのだろうか。新たな出会いへの淡い希望と、未知の世界に飛び込むことへの戸惑いが、心の中で複雑に絡まり合っていた。
「本当にここで……生徒たちが、学んでいるの?」。
 再びつぶやいたその声は、春の風にさらわれるように空へ溶けていった。
 小さな校舎と広がる草むら、そしてその先の緑の丘を見つめながら、私は静かに深呼吸をした。今はまだ何もわからない。けれど、ここから何かが始まる。そんな気配だけが、胸の奥で微かに芽吹いていた。
 その時、どこからともなく一人の男性が現れ、私に声をかけてきた。手には使い込まれた竹箒を持っている。
 背はそれほど高くはなく、がっしりとした体つき。丸みを帯びたお腹がシャツ越しに少し突き出している。紺色の開襟シャツに綿のズボンという飾り気のない服装ながら、その佇まいには不思議と落ち着きと親しみがあった。
 髪は薄くなりかけていて、頭頂部はうっすらと光を反射している。顔は日焼けして浅黒く、額にはじんわりと汗がにじんでいる。年の頃は五十代半ばといったところだろうか。優しげな目元が印象的で、声をかける口調にも、どこか包み込むような柔らかさがある。
「どうかなさいましたか?」。
 突然背後から声をかけられ、私は思わず肩を震わせた。胸の奥に走る驚きと戸惑いが入り混じり、言葉がすぐには出てこなかった。
「あ、あの……ごめんなさい、勝手に入ってしまって……」。
 もじもじと口ごもる私に、男性は柔らかな微笑みを向けた。
「いえいえ、お気になさらず。ここは誰にでも開かれた場所です。よろしければ、少し見学していかれませんか?」。
「私は、この学校の校長の大城と申します。あなたは?」。
「あっ……はい。私は、今度この盲学校に赴任することになった石川朝子と申します。どうぞよろしくお願いいたします」。
 ぺこりと頭を下げると、大城校長は微笑みを深めた。
「ああ、あなたが石川先生ですか。お話は聞いておりますよ。どうぞ、ご案内しましょう」。
「ありがとうございます。まだ右も左もわからない状態で……ご迷惑をおかけするかもしれませんが、どうぞご指導よろしくお願いいたします」。
「迷惑だなんてとんでもない。こちらこそ、石川先生のような方に来ていただけて心強い限りです。どうぞ、肩の力を抜いて、少しずつこの学校の空気に慣れていってください」。
 その言葉に、私は胸の奥に灯るような温かさを覚えた。少しずつでも、この場所で役に立てるように頑張っていきたい……そんな気持ちが、静かに芽生えていく。
「春休み中なので、生徒も職員もいません。どうぞゆっくりご覧になってください」。
「ありがとうございます」。
 私は微笑みながら丁寧に頭を下げた。校舎の静けさと、春の陽ざしに包まれた空気のなかで、まだ見ぬ日常に少しずつ心がなじんでいくのを感じていた。

 そのとき、不意に背後から陽気な声が聞こえてきた。
「校長先生、お休みなのにお仕事ですか?いつもご苦労様です」。
 振り返ると、小さな紙袋を手にした六十代くらいの女性が、にこにこと微笑みながらこちらへ歩いてきていた。
 丸い顔に、穏やかな表情。白髪まじりの髪は、三角巾のような布で覆われている。ぱりっと糊のきいた真っ白な割烹着を身にまとい、まるで今しがた台所から出てきたばかりのようだった。
「ジューシーおにぎりを作りましたので、お昼にでもどうぞ」。
「それはどうもありがとうございます。後でありがたく頂きますよ」。
「玉城さん、ご紹介しておきます。この方は四月から沖縄盲学校で働くことになった石川……えっと、先生、お名前なんでしたっけ?」。
「あ、石川朝子です」。
「そうそう、石川朝子先生です」。
「あらまあ、それはようこそいらっしゃいました。あたしはね、ほら、あそこに見える「玉城商店」って看板、見えます?あそこで小さな雑貨屋をやってるんですよ。先生方も生徒さんたちも、ちょくちょく買いに来てくださいます。お菓子もジュースもいろいろそろえてますから、いつでも気軽に立ち寄ってくださいね」。
 彼女の声は明るく、どこか懐かしさを感じさせるような温かさがあった。私は自然と笑みを浮かべ、深くうなずいた。
「ありがとうございます。これからよろしくお願いします」。
「まあまあ、そんなに気張らんでいいさ。みんな親切だから、心配いらんよ。」あんたみたいな若い先生が来てくれると、子どもたちも喜ぶはずね」。
「じゃあ、頑張ってね」と言って、玉城さんはにこやかに手を振りながら、自分の店へと戻っていった。

「では石川先生、案内しましょう」。
「とはいえ、ご覧の通り二階建ての校舎が一棟あるだけですから、五分もあれば全て案内できます」。
「そうですか、それでもどんな雰囲気かを知ることができると思いますので、よろしくお願いいたします」。
 私は少し緊張しながらも、校長先生のゆったりとした足取りに合わせて、その後を静かに歩いていった。
「ところで校長先生、どうして竹箒をお持ちなんですか?」。
「はは、私なんて「校長」とは名ばかりで、庭掃除から草取りまで、何でもこなす「何でも屋」みたいなものですよ」。
 校長先生は照れくさそうに笑いながら、手に持った竹箒を軽く掲げて笑った。
「まあ……それは本当にご苦労様です」。
 私は思わず微笑みながら頭を下げた。
「この学校ができたのは一年前です。それ以前は、別の場所で盲聾学校として、視覚障害者と聴覚障害者が同じ敷地内で共に学んでいたのですが、昭和三六年に分離して、この敷地に沖縄盲学校として独立しました」。
「そうですか、まだ本当に新しい学校なのですね」。
「ええ、そうなんです。生徒は――正確な数は忘れてしまいましたが、およそ七十名ほど在籍しています。職員は十六名で、四月から石川先生が加わって十七名になる予定です。」。
「そうなのですね。これから皆さんと一緒に学びながら成長していけるよう、頑張りますので、どうぞよろしくお願いいたします」。

「今、ふと思い出しましたが……実はね石川先生、昭和三十年に、あのヘレン・ケラー女史が沖縄にいらしたことがありましてね。この学校にも立ち寄ってくださったんですよ。当時の正式な名称は、琉球政府立沖縄盲聾学校でした」。
「そのとき、女史からは『胸を張りなさい。自信を持ちなさい』という励ましの言葉をいただいたんです」。
 私は首をかしげた。
「ヘレン・ケラーって、どなたですか?」。
 校長先生は少し驚いたように目を丸くしたが、すぐに柔らかく微笑んだ。
「そうですか、知らなくても無理はありませんね。沖縄ではまだ、あまり広く知られていないのかもしれません」。
 そして、言葉を選びながら続けた。
「ヘレン・ケラーは、アメリカの女性です。生まれて間もなく、病気で目も耳も失いました。視覚と聴覚の両方が閉ざされた中で、サリヴァン先生という素晴らしい教師に出会い、言葉を覚え、学び、やがて大学まで卒業したのです」。
 私は驚きのあまり、思わず声を上げてしまった。
「目も見えず、耳も聞こえず、それでも大学まで卒業されたんですか……?」。
「はい。世界中に勇気を与えた方です。社会運動にも尽力され、障害を持つ人々の権利のために力を尽くされました」。
校長先生は遠くを見つめるように目を細めた。
「そのヘレン・ケラー女史が、戦後の沖縄に来て、私たちを励ましてくださったのです」。
「ーー胸を張りなさい。自信を持ちなさい、と」。
「今、アメリカで『奇跡の人』というタイトルで、ヘレン・ケラー女史を描いた映画が制作中だそうです。今年の七月に公開予定で、来年には日本でも公開されるかもしれないという話を聞きました」。
「そうなんですか。それは楽しみですね。沖縄でも上映されるなら、ぜひ見てみたいものです」。
「ところで校長先生、ヘレン・ケラーについて書かれた日本語の書籍はありますか?」。
 校長先生は少し首をかしげながら言った。
「うーん、詳しくは分かりませんが、日本語の書籍については聞いたことがありませんね」。
「そうですか…」。
 校長先生の話を聞いて、私は初めて「ヘレン・ケラー」という存在を意識した。その名前は、まるで新しい扉の鍵のように、私の中に静かに刻まれていった。
「ところで、ヘレン・ケラー女史が沖縄に来られた昭和三十年の頃は、石川先生はおいくつくらいでしたか?」。
「あ、あ、ごめんなさい。失礼なことを聞いてしまいましたね。どうか、忘れてください」。
「校長先生、ぜんぜん大丈夫ですよ」。
「昭和三十年となると、私はまだ高校一年生でした。宜野座村の小さな田舎で、無邪気に海岸でアーサを採ったり、貝殻を集めて遊んでいた頃かもしれません。あの頃の私は、世界が広がっていくのをただ楽しんでいるだけの子どもでした。

 校長先生は、会話を避けるかのように、建物の右端にある階段の下に向かって歩き出した。そこは倉庫になっているようで、手にしていた竹箒をそこに片付けると、早速案内を始めた。
 建物の右端には職員室があり、その入り口近くには小さな釣り鐘が下がっている。気になって「校長先生、この釣り鐘は何ですか?」と尋ねると、校長先生はにこやかに答えた。
「この釣り鐘は、授業の始まりや終わり、または何かお知らせごとがある時に鳴らして合図をするためのものです」。
 時代がかった設備に驚きつつも、それを口には出さず、納得したように校長先生の案内について行った。
 一回は左から一年生、二年生、三年生と小学生のクラスが並んでいて、右端に職員室がある。二回には中学生と高校生の教室が割り当てられている。
 建物の右手にある階段を上って二階へ向かう途中、便所のほうから漂ってくる独特の匂いが、風に乗って鼻先をかすめた。思わず顔をしかめたものの、それもまた、この土地の暮らしの一部なのだと、どこかで受け入れようとする気持ちが芽生えていた。
 二階の廊下に出ると、眼下にはのどかな風景が広がっていた。右手には、ぽつりぽつりと住宅が点在しているほかは、一面に草むらとサトウキビ畑が広がっており、その向こうには小さな丘が横たわっていた。まさに、典型的な田舎の風景である。

📖 光を求めつつ – 第1話 後編

一.昭和三六年九月十八日 沖縄盲教育の父との出会い 後編

 図書館へ続く道は、春の陽光にやさしく包まれていた。澄んだ青空のもと、頬をなでる風は心地よく、朝子の髪をふんわりと揺らしていく。
 彼女の足取りは自然と軽くなり、その胸には、先ほど芽生えた新たな情熱が静かに灯っていた。
 知識を求めて進むその背には、迷いを振り払った確かな意志が宿っている。図書館の扉の向こうに広がる本の世界が、今は何よりも心を引きつけていた。
 図書館の扉をくぐると、外の喧騒が嘘のように静寂が広がっている。本をめくる音だけが響き、その静けさが朝子の焦る心を際立たせてくる。
 書架の間を歩きながら、朝子は高橋福治に関する資料を探し求めた。
「何か、手がかりになるものはないのかしら……」。
 そう呟きながら、次々と本を手に取ってはページをめくっていく。けれど、出てくるのは断片的な情報ばかりで、期待はことごとく裏切られた。
「もっと深く、この人を知りたい……」。
 焦燥感に背を押されるように、朝子は書架の奥へ足を進めた。人の訪れが少ないその場所には、古い本が静かに眠っていた。埃の漂う空気と薄暗い光の中、それでも朝子の集中力は途切れることはなかった。
 朝子は一冊一冊に目を通しながら、懸命に探し続けた。その時、ふと目に留まったのは、まるで「取ってください」と語りかけるかのように、二センチほど棚から飛び出している一冊の本がある。背表紙には古びた文字で『沖縄の特殊教育史』と記されていた。
 そのタイトルに、朝子の直感が強く反応する。
 この本が沖縄教育委員会によって発行されたものだと知るや否や、期待に胸を高鳴らせながら慎重にページを開いた。
 朝子の目の前に広がったのは、高橋福治の詳細な業績だった。
 戦前の沖縄で盲教育が存在しないという現実を知り、たった二四歳で沖縄に渡った彼。その地で数々の困難を乗り越え、情熱を注いで視覚障害者のための学校を設立した。その意志は時を越え、現在の沖縄における盲教育の基盤として息づいている。
 一つ一つの記録が、朝子の心を強く揺さぶった。
「見えない明日へ……高橋福治、沖縄を行く」。
 短いながらも力強いその一節には、高橋先生の覚悟と決意が凝縮されており、暗闇を切り開く光のように朝子の前に差し込んできた。眠っていた心の奥底の何かが呼び覚まされていくのを感じていた。
「高橋先生……心からありがとうございます」。
 朝子は本をそっと胸に抱き、静かに目を閉じた。敬意と感謝の思いを込めてつぶやいたその瞬間、高橋福治の情熱が胸の奥深くに静かに灯をともした。
 その光は、朝子の中で確かな熱となり、新たな原動力として燃えはじめていた。
 奥まった席に着いた朝子は、周囲に誰もいないことを確認すると、そっと声を抑えながら高橋福治について記された部分を読み上げてみた。

見えない明日へ・高橋福治、沖縄を行く。

沖縄の光を求めて・高橋福治、盲教育の父。

 宮崎県延岡市で生まれた高橋福治は、四歳の時に不慮の事故で光を失った。しかし、彼の心は暗闇に閉ざされることなく、光を求めて燃え続けた。
 親元を離れ、大分盲学校の寮で生活しながら、小学中学と学び、高校では按摩技術を習得し、卒業後は宮崎県に戻り、あんま師として働いていた。
 それでも、彼の心は満たされることはなかった。
「沖縄にも、私と同じように光を失った人々がいるはずだ。彼らは、どのように生きているのだろうか…」。
 その想いが、日増しに彼の心を焦がしていった。
 沖縄に盲学校はあるのか?いてもたってもいられず、高橋は沖縄県庁に手紙を送った。
 数日後、届いた手紙は、彼の予想を遥かに超えるものだった。
「沖縄には盲学校はありません。按摩の試験も、一度も行われたことがありません」。
 その言葉は、高橋の胸に熱い火を灯した。
「私が、沖縄の光となる」。
 高橋は、迷うことなく沖縄行きを決意した。

 大正九年、二四歳になった高橋は、見知らぬ土地、沖縄へと旅立った。
 頼る人もいない。それでも彼は、一軒一軒、視覚障害者の家を訪ね歩き、教育の重要性を説いて回った。しかし、現実は厳しかった。
「目の見えない子どもを学校に行かせて、何になるのか」。冷たい言葉が、彼の心を凍らせた。
 それでも、高橋は諦めなかった。何度も足を運び、根気強く説得を続けた。
 そして、彼の熱意は固く閉ざされた人々の心を少しずつ溶かしていった。
 親は反対でも、学ぶことを希望する視覚障害者が出てきたのだ。

 大正九年四月、ついに三人の生徒が集まり、那覇公会堂の一角で、点字の授業が始まった。それは、沖縄盲学校の産声であった。
 高橋は、沖縄でも按摩業をしながら学校の運営資金を集め、生徒たちが自立できるよう、点字や按摩の技術を教えた。そして、音楽を通して心の交流を深めた。
 大正十年五月に、那覇市天妃町に私立訓盲院を開設し、大正一三年四月には文部省の認可を受け、私立沖縄盲学校と改称した。生徒数は一五人となった。
 当時、盲学校及び聾唖学校令は、各道府県に盲聾唖学校の設置を義務付けていたが、沖縄には公立校を運営する財政的余裕はなく、私立校に頼るしかなかった。
 それでも高橋は、昭和三年に伊江島で通信指導を始め、昭和八年四月には那覇市松尾の新校舎に移転し、同年八重山分校を設立するなど、教育の普及に尽力した。

 昭和一五年四月に、沖縄県立代用私立盲学校となり、昭和一六年四月に、内務省の指定校として認可を得た。

 昭和一七年に、沖縄盲学校は按摩・マッサージ免許取得指定学校の認可を受け、卒業と同時に免許が取得できるようになった。しかし、無情にも沖縄には戦争の足音が近づいていた。

 昭和一八年四月に、私立訓盲院と私立沖縄聾唖塾が統合され、沖縄県立盲聾唖学校が開校し、校長には高橋が就任した。生徒数は二五人。

 昭和一九年の夏に、高橋を沖縄に残し、家族は船で九州へ避難し、翌年二月に、生徒たちに避難が指示されたため、予定を繰り上げて卒業式を開催した。

 昭和二十年二月に、米軍の侵攻が迫る沖縄から出身地の宮崎へ生徒たちの避難先を九州で確保したい思いで帰国したが、米軍の上陸により、避難はかなわなかった。
 校舎は戦争により焼失し、二月に卒業した五人のうち二人、在学生一七人のうち七人が亡くなった。
 しかし、高橋が灯した光は、決して消えることはなかった。

 昭和二六年、盲聾啞学校の卒業生らの手で学校が再建され、沖縄の障害者教育は再び歩み始めた。

 昭和二七年、高橋はようやく沖縄を訪れることができ、その後は宮崎でマッサージ業をしながら沖縄との交流を続けていた。
 高橋福治。彼の名は、沖縄の盲教育の父として、永遠に語り継がれることになった。

一.沖縄県立盲聾唖学校開講。
 宮崎県出身の高橋福治が大正十年に開設した「私立沖縄訓盲院」と、鹿児島県出身の田代清雄が大正一三年に開設した「私立沖縄聾唖塾」を前身として、昭和一八年に両校を統合・県立移管した上で開校した。
 視覚障害者が通う盲部と聴覚障害者が通う聾唖部からなり、盲部は那覇市松尾、聾唖部は那覇市樋川に校舎を置いていたが、昭和二十年の沖縄戦により校舎は焼失し、それに伴い沖縄県立盲聾唖学校は消滅した。

二.沖縄県における障害者教育のはじまり。
 明治四十年四月五日の『琉球新報』に「聾唖者への教育」と題し、読谷山村渡慶次尋常小学校で「盲唖児童を教育せんとし既に相当の準備を整えて授業を始めた」とする記事が紹介されている。
 これが沖縄県における初の障害者教育の例と考えられ、翌年には沖縄県立師範学校附属小学校でも障害者教育が始められたことが明治四一年五月一日の『琉球新報』で紹介されている。
 しかし、その後の沖縄県内公立学校において障害者教育がどのように展開していったかを伝える資料は確認されておらず、以後の沖縄県内における障害者教育との関係性も明らかではない。

三.沖縄県立盲聾唖学校の設立と消滅。
 私立で運営されていた盲・聾唖学校の県立移管の陳情は長く続けられていたが、昭和18年にようやく実現して「沖縄県立盲聾唖学校」が誕生する。
 校長には高橋が就き、生徒は二五名であった。校舎はそのままであった。
 ところが、昭和一九年には沖縄が臨戦態勢下に入り、学校でも防空壕掘りや避難訓練が行われるようになった。
 初等部の生徒は家に戻り、校舎も海軍が使用した。

 昭和二十年二月一一日、最後となる卒業式を行った後、生徒の安全を案じた高橋は宮崎に渡って疎開の準備を進めるが、疎開は実現しなかった。
 同年四月の米軍上陸で那覇も戦場と化し、校舎は焼失、事実上学校は消滅した。
 戦後の沖縄における障害者教育の復活は、昭和二六年の「沖縄盲聾唖学校」設立まで待つことになる。

 高橋は、沖縄の地で、視覚障害者教育の灯をともし続けた。
 彼の情熱は、多くの人々の心を動かし、沖縄の障害者教育の礎を築いた。しかし、その道のりは決して平坦ではなかった。
 資金難、理解不足、そして戦争。幾多の困難が、高橋の前に立ちはだかった。それでも彼は、決して諦めなかった。生徒たちへの愛、そして教育への情熱。それが、彼を支え続けた。
 高橋の教え子たちは、卒業後、社会に出て様々な分野で活躍した。按摩師、音楽家、教師…。彼らは、高橋の教えを胸に、自立し、社会に貢献した。
 高橋の功績は、戦後も語り継がれ、沖縄の障害者教育の発展に大きく貢献した。
 彼の名は、沖縄の盲教育の父として、永遠に人々の記憶に残るだろう。          。

 読み終えた後も、朝子はしばらく放心して動けなかった。ページを閉じる手が震え、しばらくの間、ただその余韻に浸るしかなかった。しかし、ふと気持ちを奮い立たせるように、心の中でそっと呟いた。
「高橋先生、私、頑張ります!」。
 彼の歩んだ道を、自分の目で確かめたい……。          。
 その思いが朝子の胸の奥で、静かに、しかし確かに燃え始めていた。

📖 光を求めつつ – 第1話 前編

一.昭和三六年九月十八日 沖縄盲教育の父との出会い 前編

 大学のキャンパスは、いつものようににぎわっていた。学生たちの笑い声があちこちから聞こえ、まじめな話し合いもそこかしこで行われている。
 そんな活気ある空気の中にあっても、朝子の心はどこか晴れなかった。
 教育学部に通っている朝子は、卒業論文の締め切りが近づくなか、募るのは焦りばかりで、心の中には、重たい雲がずっと居座っている。
 机には向かっているものの、気がつけば視線は窓の外へと向いていた。楽しそうに語り合う学生たちの姿、青々と茂る木々の景色……どこまでも穏やかな風景が広がっている。しかし、その穏やかさがかえって、朝子の心のざわつきを際立たせるようで、やるせない気持ちになってしまう。
 時計の針は容赦なく進み続ける。残された時間の少なさが、無言の圧力となって朝子の胸に重くのしかかっていた。
「私が本当に書きたいこと、伝えたいことって……なんだろう?」。
 朝子は小さくつぶやきながら、もう一度机の上に視線を戻した。だが、そこにあるのは山のように積み重なった資料ばかり。教育に関する文献、歴史や心理学の研究……どれも価値ある内容なのに、どの言葉も今の朝子の心には響いてこない。ただぽっかりとした虚無感が胸に広がるだけだった。
 頭の中では、ひとつの問いがぐるぐると回っている。
「私は、何を伝えたいんだろう……?」。
 ふと気づくと、朝子はペンを強く握りしめながら、ノートの余白にぐるぐると円を描いていた。力の入った線はやがて紙をすり切らせ、にじんだ文字を見つめるたびに、深いため息が漏れた。
 それでも答えは見つからない。いら立ちがつのり、気がつけば手にしていたペンを、朝子は机の上に投げ出すように置いていた。カタンという小さな音が、静まり返った部屋に静かに響いた。
 朝子はゆっくりと椅子にもたれ、そっと目を閉じた。心を鎮め、本当の自分の声に耳を傾けようとした。しかし、いくら耳を澄ませても、その声は聞こえてこなかった。

「朝子、何ぼんやりしてるの?」。
 背後から明るく、やさしい声が響いた。振り返ると、親友の智子が少し眉をひそめながら、心配そうにこちらをのぞき込んでいた。
「あ、智子――ううん、何でもない。ただ、ちょっと考えごとしてただけ」。
 朝子はそう答えて努めて笑顔を浮かべてみたが、その笑みは自分でもわかるほどぎこちなかった。智子の目が、すぐにそれを見逃すはずもない。
「ふうん、考えごと?……まさか、彼氏のこととか?」。
智子は隣の椅子に腰を下ろし、鞄を抱えたまま朝子の顔をじっと見つめた。
そのまなざしはやさしさをたたえつつも、どこか鋭さを含んでいた。
「――まさか。そんなわけないでしょ」。
 朝子は苦笑しながら、視線をそらして答えると、智子はふっと微笑み、急に立ち上がった。
「じゃあさ、ちょっと気分転換に付き合って。ご飯食べに行かない? お腹空いちゃったし!」。
 わざと明るく言うその声には、朝子の重たい気持ちを少しでも軽くしようとする気遣いがにじんでいた。
「あれ? さっきお弁当食べてなかったっけ?」。
 朝子が首をかしげると、智子は大げさに肩をすくめてみせた。
「食べてないよ!誰かと間違えてるんじゃない?それか、私の食欲をなめてもらっちゃ困るなあ」。
 そう言ってウインクする智子に、朝子は思わずふっと笑ってしまった。わずかに曇っていた気持ちが、その一言で少し晴れた。
「じゃあ――行こうか。私もちょっと何か食べたら元気出るかも」。
「うん、そうこなくっちゃ!」。
 智子は元気よくうなずき、朝子の腕を軽く引いた。その温かさが、沈んだ心にほんの少しだけ灯りをともしてくれた。
 二人は肩を並べて、にぎやかな学食へと歩き出した。

 昼時の学食は、学生たちの笑い声や食器の音でにぎわい、その活気は、廊下まで漏れ伝わっていた。
 今日の定食はフーチャンプルー……学生に一番人気のメニューだ。
 列に並ぶ学生たちの声は自然と弾み、トレーを手にしたまま笑顔で語り合う姿があちこちに見られた。
 二人は食券を買い、列に加わった。そして定食を受け取ると、空いている席を探して食堂内を見回したが、どこもすでに人で埋まっていて、座れそうな場所は見つからない。
「どうしよう……」。
 二人はトレイを手にしたまま、あちこちのテーブルの間を歩き回っていた。そんなとき、ちょうど窓際の席で食事を終えた三人組が立ち上がるのが目に入った。
「あ、空く!」。
 智子が小声でつぶやくと、朝子もすぐにそちらへ目をやった。二人は顔を見合わせ、無言のまま歩調を合わせて席へと向かう。幸いにも先を越す人はおらず、窓際の眺めの良い席を無事に確保することができた。
 席に着いた朝子は、目の前のフーチャンプルー定食に視線を落としたまま、箸を取ろうとしなかった。香ばしい湯気が立ちのぼっているというのに、心には重たい蓋がかかったままで、食欲はまるで湧いてこなかった。
 窓の外では、やわらかな陽射しが緑を照らし、風にそよぐ木々が静かに揺れている。その穏やかな光景さえも、朝子には遠く、現実味がなかった。
「朝子、全然食べてないけど、大丈夫?」。
「うん……大丈夫。ちょっと、ぼんやりしてただけ」。
 朝子は小さく答え、そっと目を伏せた。無理に口元をほころばせてみたが、それが自分でもわかるほど不自然な作り笑いになってしまい、胸の奥がわずかに痛んだ。
「このフーチャンプルー、美味しいよ。卵もふわふわで絶品だよ。朝子も食べてみて」。
 智子は口いっぱいに頬張りながら、楽しそうに言う。その屈託のない様子を見て、朝子はようやく箸を手に取り、そっと一口食べてみた。
 ふわりとした卵と麩のやさしい食感が、じんわりと心にしみ込んでいく。
「美味しいでしょ?」。
 智子が嬉しそうに微笑む。
「あ――うん、すごく美味しい」。
 朝子も微笑みながら答えたが、その笑顔はまだどこか曇っている。
 智子は湯飲みにそっとお茶を注ぎ、「どうぞ」とやさしく朝子の前に置いた。ふわりと立ちのぼる湯気と、ほんのりとしたお茶の香りが、静かにその場を包みこんでくれる。
「少しずつでも食べてみたら? きっと、元気が出るよ」。
 智子はそう言って、にこりと笑った。無理に励ますでもなく、ただそっと寄り添うようなその気配が、朝子にはありがたかった。
「うん……ありがとう。わたし、ちょっと考えすぎちゃってるのかも」。
 朝子の声はかすかにかすれていた。けれども、胸の奥に重く沈んでいたものが、少しだけやわらいだ。
「考えるのは大事だけど、ちゃんと食べなきゃ、考える力も出てこないよ?」。
 智子のその言葉は、ひとしずくのぬくもりのように、じんわりと朝子の心に染み込んでいく。
 朝子はゆっくりとうなずきながら、湯飲みを手に取った。手のひらに伝わる温かさが、少しだけ心の奥にも届いてきた。
 胸の重さが、ほんの少しだけ和らいだ気がして、朝子はそっと箸を取り直し、ゆっくりとフーチャンプルーを口に運んだ。やわらかな麩の食感と、野菜のほどよい歯ごたえが口いっぱいに広がり、心にかかっていた曇りが、わずかに晴れていった。
 半分ほど食べ終えるころには、気持ちもいくらか明るさを取り戻していた。表情にも、かすかに光が差していたかもしれない。
 智子はその様子に気付き、何も言わずにほっとしたような笑みを浮かべながら、「ねえ、朝子。本当に何かあったなら、無理に笑わなくてもいいんだよ。私はちゃんと聞くからさ。何を話してくれてもいいし、話したくなかったらそれでもいい。でも、一人で抱え込まないでほしいな」。
 真剣な眼差しを向けられ、朝子は一瞬戸惑った後、小さく息を吐いた。
「ありがとう、智子。……実は、論文のテーマが決まらなくてね。ちょっと悩んでるだけなの。心配かけてごめんね」。
 その声はどこか遠く、頼りなげだった。
 もう一度箸を伸ばしたものの、食欲は戻ってこない。それでも、向かいで見守る智子の存在は、わずかに朝子の心を救っているように見えた。

 そんな時、ふと目に入ったのは、テーブルの隅に無造作に置かれていた、しわくちゃの新聞だった。文字がかすかににじみ、紙は黄ばみ、端がわずかに丸まっている。
 何気なく手に取ると、それは「宮崎新報」と印刷された地方紙で、見覚えのある見出しが目に飛び込んできた。
 思い起こせば数日前、キャンパスの掲示板の下に数部置かれていた新聞が、朝子の目にちらりと留まった。けれど、そのときは特に気にも留めず、手に取ることもなく通り過ぎていた。その新聞がいま、朝子の目の前に静かに置かれている。
「あれ……?」。
 朝子は何気なくその新聞に手を伸ばした。「沖縄盲教育の父」という見出しが目に飛び込んでくる。記事には、戦前の沖縄で視覚障害者のための学校を設立した高橋福治という人物の姿が詳細に描かれていた。
 読み進めるうちに、朝子の胸には、高橋福治の熱意と行動に対する熱い感情がこみ上げてきた。
「こんなにも情熱を捧げた人がいたんだ……」。
 記事を通して知った彼の生涯は、困難をものともせず、視覚障害者の教育に全てを捧げた歩みそのものだった。その揺るぎない信念に、朝子の心は強く惹きつけられていった。
 その瞬間、長く探し求めていた卒業論文のテーマが、目の前にはっきりと姿を現した。
 新聞を読み終えたとき、朝子の中には、確かな「道筋」のようなものが灯っていた。胸の奥からふつふつと湧き上がる熱が、静かに全身へと広がり、彼女の体をじんわりと温めていく。
 ずっと閉ざされていた扉が、音もなく静かに開いたかのようだった。心の奥に張りつめていた何かがほどけ、視界がぱっと開けるような、そんな不思議な感覚に包まれていた。
「沖縄における障害者教育の歴史と現状』。
 卒業論文のテーマはこれに決まった。
 高橋福治の足跡を辿りながら、現代の障害者教育へと繋げていく。その思いが朝子の心にしっかりと根を下ろした。
 椅子を勢いよく後ろへ押しやり、朝子は立ち上がった。その胸には、次の行動への思いが溢れていた。

「智子、ごめん!ちょっと急用ができちゃった!」。
 唐突に立ち上がった朝子に、智子は驚いた表情を浮かべた。
「え、朝子?まだ全然食べてないじゃない。どこ行くの?」。
「図書館!論文のテーマがやっと見つかったの!」。
 智子に駆け寄りながら興奮気味に声を上げた。
「本当?よかったじゃない!」。
 智子は安堵の表情を浮かべ、朝子を応援するように笑顔を向けた。
「でも、お皿くらい片付けていきなよ」。
 智子がテーブルに残された食器を指差す。
「あっ、そうだね。ごめん、うっかりしていた!」。
 朝子は食器を返却口に急いで持っていくと、その勢いで智子の前に戻り、にっこり笑って軽く手を振った。
「智子!今日はごめんね。またあとでゆっくり話そうね!」。
 その言葉を残して、朝子は学食の出口へ駆け出していった。
 智子は「頑張って!」と言おうとしたが、結局それを飲み込み、朝子の背中を見守るように見送った。

📖 光を求めつつ – プロローグ

光を求めつつ (1)

作者: 宮嶋 裕司(みやじま ゆうじ)

夕暮れの光の中、教師と8人の子どもたちが立っている。共に「光の方向」へ進もうとする瞬間を描いている。

プロローグ

 大正九年、那覇の港に一人の若者が降り立った。
 名は高橋福治、二十四歳。
 白杖をしっかりと握りしめ、風呂敷包みを背負ったその姿は、南国の強い陽射しのなかで、ひときわ小さくも確かな意思をまとっていた。
 肌を刺すような日差し、遠くで聞こえる三線の音、耳慣れない沖縄方言……。
 そのすべてに戸惑いながらも、彼は静かに沖縄の地に足を踏み入れた。

「宿はお決まりですか?」。
「目が悪いようだし、どうでしょうか?安くしておきますよ!」。
 右からも左からも、甲高い声で客引きが声をかけてくる。
 高橋は杖の感触に集中しながら歩を進め、やがて一人の幼い男の子に宿を紹介されると、そこに泊まることに決めた。
 その晩、宿で出された夕食は琉球料理だった。香ばしい匂いは鼻腔をくすぐるものの、味は彼の舌には馴染まず、箸はほとんど進まなかった。
「慣れない土地だし、仕方がないさ」。
 自分にそう言い聞かせながら、眠れぬ夜を過ごした。
 だが、高橋には、のんびりと朝を迎える余裕などなかった。夜明けとともに街へ繰り出し、手にした按摩笛を吹きながら仕事を始めた。
 澄んだ笛の音が朝の空気を裂くように響き渡る。だが、その音に耳を傾ける者は誰一人としていない。街の人々は、まるで彼の存在がそこになどないかのように視線を逸らし、足早に通り過ぎていく。
 高橋は胸の内で静かに嘆息した。しかし、立ち止まることはなかった。
「沖縄に盲学校をつくる。それが、私の使命だ……」。
 その想いが、彼の足を前へと押し出した。白杖を頼りに、踏みしめるように一歩一歩、街の中を歩き続けた。

 彼はまず那覇市役所の門を叩いた。
「ご面倒を承知でお願いしたいのですが……この町に、目の不自由な方はいらっしゃいませんか」。
 窓口の職員は驚きつつも、古びた台帳を繰り、いくつかの名を挙げてくれた。高橋はそれらの名前を、点字でひとつずつ丁寧に記していった。
 次に教会を訪ねた。ひんやりとした石の床を一歩一歩踏みしめながら、奥へと進む。どこからか、微かに賛美歌が聞こえてくる。静かに響くその旋律が、高橋の胸に染み入るようだった。
 祭壇の前で立ち止まり、司祭に願いを伝える。
「視覚に障害を持つ方々に、学びの場を届けたいのです。この近くに、そうした方はいませんか」。
 司祭はしばし黙考し、やがて若者の名を一人、ぽつりと口にした。
 道ゆく人々にも声をかけた。
「すみません。目の見えない方をご存知ありませんか。教育を受けたくても受けられない方に、学ぶ機会を届けたいのです」。
 ある日、街角で三線を奏でる青年の前に立ち止まった。彼の目は閉じられ、指先だけが音を紡いでいた。
「もし目が不自由なら、点字を学んでみませんか。私がお手伝いできますよ。それから……按摩の技術も、きっとあなたの力になるはずです。どうですか、学んでみませんか?」。
 人々は驚き、時には戸惑い、苦笑いすら浮かべた。だが高橋は、気にも留めなかった。彼の言葉は、閉ざされた扉を叩く一歩なのだと信じていた。
 按摩の仕事をしながら、一軒一軒、視覚障害者の家庭を訪ねては、教育の意義を根気強く伝え続けた。
 けれど返ってくるのは、冷ややかな声ばかりだった。
「目の見えない子を学校に通わせても、意味がないさ」。
「字を教えて何になる?どうせ働けるようにはならない」。
「勉強なんかより、家の手伝いをさせる方がマシだよ」。
「先生もご苦労なこったね。そんな子らに教えるなんて」。
 中には、戸口に立つ高橋を見るなり、あからさまに顔をしかめる者もいた。
「うちは関係ねえらん。あれーふかねーんじゃさん」。
 まるで、障害を家の恥とでも言わんばかりに、ひそひそと声を潜め、奥から子どもの姿を隠そうとする親もいた。
 それでも、高橋の炎は消えなかった。情熱と信念だけを胸に、何度でも、何度でも足を運んだ。
 ある日、ある家の縁側に腰かけていたオバーが、ぽつりとこう言った。
「あんたみたいな若い者が、盲人のために学校を作るなんて偉いねえ」。
 そして、手のひらに黒砂糖をそっと乗せてくれた。
 その一言が、高橋の心をどれほど温めたことだろう。
 少しずつ、風向きが変わり始めた。
「学びたい」。
「点字を覚えたい」。
 そんな声が、闇の中から静かに立ち上がった。
 やがて三人の生徒が集まり、那覇公会堂の片隅で、初めての点字の授業が始まった。
 生徒たちは、指先で点字の小さな凸を確かめながら、その手に、初めて「知る」という感触を掴んだ。
「これが、「あ」「か!」。
 小さな声が弾けたとき、高橋の胸は深く震えた。
 夜は按摩師として生計を立て、昼は教師として教壇に立つ日々。
 過酷な日常にあっても、高橋は一度たりとも弱音を吐かなかった。
「彼らに、学ぶ権利を与えたい」。
「生きる力を、この手で渡したい」。
 その切なる祈りは、やがてひとすじの光となって、静かに、確かに、沖縄の空の下に灯っていた。
 ……未来へと続く道を照らすように。

📚 小説連載について

同窓生の宮嶋裕司(みやじま ゆうじ)さんによる小説「光を求めつつ」の連載を開始します。
 今回は、前半の内容である「光を求めつつ(1)」を11に分けて掲載していきます。後半の「光を求めつつ(2)」の掲載は年明け頃になるかと思います。

本作は、大正期から戦前・戦中にかけての沖縄を舞台に、盲教育の歩みと、それに関わった人々の思いを描いた物語です。

【作品の位置づけについて】

本作に描かれる時代背景・教育の状況・社会的な出来事については、史実に基づいて構成されています。一方で、登場人物の名前や具体的なエピソードはフィクションであり、実在の人物・団体とは直接の関係はありません。
 史実を土台にしながら、物語としての広がりと、心の交流を丁寧に描いた作品です。

【あらすじ】

大正九年、盲学校をつくるという志を胸に、全盲の高橋福治が沖縄の地に降り立つ。
 資金難や無理解、そして戦争という困難の中でも、彼は教育への情熱を失わなかった。
 その生き方に心を打たれた石川朝子先生と、八人の子どもたちとの出会いが、新たな物語を紡いでいく。
 盲教育の難しさ、子どもたちの可能性、そして平和の尊さが、静かな言葉で描かれていく。

【著作権について】

本小説の著作権は作者に帰属します。
 無断での転載、複製、改変、二次利用はご遠慮ください。
 引用等をご希望の場合は、事前に管理者までご相談ください。

【音声とイラストについて】

本文は、音声でもお聴きいただけます。文字だけでなく、声を通して物語の世界にも触れていただければ幸いです。
 音声は生成AIの読み上げサイト「音読さん」を利用して作成しました。できるだけ誤読はチェックしましたが、間の取り方はまだまだ重文ではないように思います。その当たりはご了承くださいますようよろしくお願いいたします。
 文章にはイラストを挿入してみました。サイト監理者の福里が話を読んでイメージ化して ChatGPT によりイラストを作成させたものです。作者の思いとは関係ありません。

それでは、「📖 光を求めつつ – プロローグ」のページより読み進めてください。是非本校の歴史にも触れて先輩方の純粋な気持ちに思いを馳せてください。

🎙️ 100周年記念祝賀会参加者の声(録音より)

2021年5月1日、「沖縄盲学校創立100周年記念式典及び祝賀会」が開催されました。

コロナ禍で3密(密閉・密集・密接)を避けることが言われる中、会場となった体育館では、入場の制限、受付で体調チェック、検温、間隔を開けた座席配置などの大作を行いながら、120名を超える関係者が集まりました。

当日は生徒・保護者・教職員・卒業生・元沖盲職員がそれぞれの思い出を持ち合い、100年という節目の時を感じた日でした。

創立者の高橋福治先生に対してみんなで改めて感謝を行い、100年を祝うことができたのは、本当に奇跡であったと思います。

会が終了した直後に、一部の参加者にインタビューにご協力いただきました。その時の録音を「声のアルバム」としてCDに収録しましたので、実際の録音をお聞きください。なお、最初の3名の方以外はお名前は削除しています。

創立100周年を祝う卒業生たちが校舎前で笑顔を交わす様子と、右側にはインタビューを受けて穏やかに話す女性。

【録音内容】

1. 声のアルバム第1部 電話インタビュー — 7分18秒
2. 声のアルバム第2部 卒業生のみなさん1 – 4分53秒
3. 声のアルバム第3部 卒業生のみなさん2 – 3分15秒
4. 声のアルバム第4部 卒業生のみなさん3 – 3分43秒
5. 声のアルバム第5部 元沖盲職員 ——— 2分13秒

🏃3秒前の男【後編】

この画像は、陸上競技場のフィニッシュラインの前で、レースを走り終えた男女が喜びの表情を見せている場面です。

 34キロ地点の関門をわずか2分前で通過し、タカシさんもこの辺りで合流する。
 最後の区間はペースダウンしながらも必死で走り続け、残り2キロあたりで制限時間まであと15分。
 そこからのラストスパート。
 坂道を下っていくと山下交差点突き当たり左折する。息はあがり心音がどんどん早くなる。奥武山公園の入り口を右折。ここからゲートまでの道がすごーく遠く感じた。
 最後のコーナーを息絶え絶えで曲がると、10秒カウントダウンシャウトが聞こえてくる。思考は真っ白、さらに加速、「足を動かせーー!!」伴走の根間さんとの左手のロープに力が入る。最終関門ゲートが見え5秒前でタカシさんが人間鎖をガードする体制に出たその時、再びセーラームーンが右手を前に引っ張る。「もう少しだよ頑張れー!!」制限時間3秒前「仲村さん抜けたよ!やったー!」根間さんの叫び声と共に花火が上がった。
 なんとも言えない感動が込み上げてやばかった。
 両手を膝上に置き、前傾姿勢で呼吸を整え落ち着いた時、名前も知らないセーラームーンの彼女の姿はもうなかった。「セーラームーン沢山の応援ありがとう。。」と心の中で呟いた。
 最後のトラックをゆっくり歩き、3人で手を繋ぎバンザイ青空を仰ぎながらフィニッシュ。
 ゴール後は伴走者とハグして喜びを分かち合い、感謝の気持ちでいっぱいに。
 タカシさんからメダルをかけてもらった。
 ふと振り返って、これまでのみんなの支えとか想いが詰まった重みを感じた。
 メダルは西陽に照らされ特別輝いて見えて目頭が熱くなる。

 「やったー完走したぞー!、」本当に実現した。

 「NAHAマラソン最高!!」

 感動をありがとう!

 第38回NAHAマラソン 完走記 「3秒前の男」

2019年度卒業生 仲村 康貴(ナカムラ ヤスタカ)

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🏃3秒前の男【前編】

視覚障害のある男性ランナーと、その伴走者の女性が一緒に走っている様子を描いています。

 朝起きたら、左ふくらはぎがつりそう⬅️になった。この不安な気持ちを変えたくてベランダに出て「やったー完走したぞー!」と叫びマインドセットして気持ちを切り替える。
 昨日は、イメージトレーニングし過ぎで眠れなかった。
 今年の練習では、中々走力が上がらず最長でも22キロがやっとだった。
 天気は快晴で、気温24度と風が冷たくて絶好のマラソン日和。
 熱い一日になりそうだと胸は高まった。
 仲村チームは、伴走者の大城タカシさんとサブ伴走の根間さんと共に挑んだ。
 スタート地点の奥武山公園は2万人以上のランナーで賑わい、お祭りムードで、ワクワクした。

 今年のスターターは、コンビ結成20周年のガレッジセール。
 スタート後は人混みを避けつつペースを安定させ、7分から7分半のペースで順調だった。
 第一関門のハーフ地点を3時間で通過して、15分の余裕があった。そこから左ふくらはぎが痙攣し始めるトラブルに直面。それでも伴走者たちの励ましやサポートを受けながらペースを調整し、なんとか進み続けた。

 沿道の応援や会社のブースからの差し入れに励まされ、30キロを越えたところでタカシさんも足に痛みが出て根間さんに交代。
 根間さんが「あたしは後半が強いのよ!」と頼もしい言葉を僕に投げかける。
 「あっ、自分もそうだと思う!」という素振りを返した。
 本当は、分からない。
 「自分は、ここからだ本領発揮は!」そう思い込むようにした。
 しばらく進んでると途中で美少女戦士セーラームーンコスプレランナーの女性が登場!!
 彼女は「頑張ってくださーい!!」と太陽のような笑顔で私を励ましながら並走してくれてめ力をもらった。セーラームーンは、沿道の方からのビールや泡盛もお構いなし!縦横無尽に動き回り、遠藤の応援者たちと握手したり周りのランナーを全力で励ます姿は、愛に溢れたパワフルな美少女戦士だつた。

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